第82話 スタンバイモードの欠点?
「ガタンゴトオオオォォォン!!」
奇妙な声が地下街に響き渡る。
人だかりの向こうから聞こえてきて姿は見えない。だけど今回は珍しく、作戦を事前に知らせておいてくれたから、その正体は見なくてもわかる。
「ガタタタタッ! そんなに集まってぎゅうぎゅうになって、おまえら満員電車が好きみたいガタッ。もっとぎゅぎゅうになるガターッ!」
今回は電車怪人。作戦会議のときから変わっていなければ、電車の先頭部分にムキムキの手足が生えているフォルムのはずだ。いつも思うけど、怪人の見た目はほかになんとかしようがないのかな。あとコンセプトがサラリーマンっぽいのとか。
まあいいや。そんなことより。
「早くここから抜け出さないと」
おしくらまんじゅうの中にいたままじゃ、作戦に参加するどころじゃない。
だけど、
「なんだコイツ!」
「逃げろっ」
電車怪人が追いかけまわそうとしているからだろう、人ごみがまるで波のようにうねって、余計に身動きがとれなくなる。右から押されたと思ったら、今度は左からぎゅうぎゅう。
「くっ、くるしい……」
中学生ひとりの力じゃあ到底押しのけられないし、どうしたら……
「あんさん、あんさん」
「ベ、ベル?」
「こっちや、こっち」
なんとかして首を動かすと、腰のあたりにできていたスキマから「にょき」と黒猫の脚が見えた。
「ここから抜けるんや」
「う、うん」
小さな黒い脚を目印に身体を動かす――と、驚くくらいあっさりと、私は人ごみから抜け出すことができた。
「た、助かった」
「どや、猫やからスキマを探すんはお手のものやで」
ふんす、と鼻を鳴らすベル。初めて猫らしいところを見た気がする。
「それより作戦開始、でいいんだよね?」
「ああ。今んところは順調や」
ベルは満足げにうなずいて、
「ホワイトリリーがくるまでまだ時間はあるやろうしな。今のうちにマイナス感情のエネルギーをたーっぷり貯めるんや」
「そ、それだとマズいよ!」
「なんでや?」
「ホワイトリリー、すぐ来ちゃうから!」
「な、なんやて!?」
「だから早く戦う体勢を整えておかないと」
「せ、せやな。ハカセや
「え? えーっとそれは……か、
ホワイトリリーの正体を知ってるから、なんて言えるわけない。私は悪の組織の一員かもしれないけど、魔法少女の正体をバラすなんてことは絶対にしたくない。
「ま、まあそこまであんさんが言うんやったら……。ほんなら、あんさんも急いで準備してくれるか?」
「わかったわ」
答えて、私は心の中で念じる。
――スタンバイモード!
瞬間、身体のわずかな変化を感じ取る。具体的には、着けていた下着が黒いビキニへと変わる感触。
うう、服をちゃんと着たままだけど、やっぱり恥ずかしい……。
「えい!」
そして顕現させたマントを素早く裏返して、身体全体を覆った。するり、とベルもマントの中に身体を入り込ませる。
「とりあえず私はこのまま、ホワイトリリーが出てくるまで待機でいいんだよね?」
「せや。出てきたらそのマントで気づかれへんように背後に回って、動きを封じる。そうなったら怪人の攻撃がぜーんぶクリーンヒットして、オレらの勝利ってわけや」
そう、私はサポート役。透明マントで気づかれないように後ろから腕をまわして、動けないようにするのが私の役目だ。
サポートだけど、責任重大だ。ホワイトリリーに逃げられないよう、がんばらないと。
だから、しょうがないよね。ちょっとやりすぎて、抱きついちゃっても……うへへ。今の私は悪の組織なんだし……むふふ。
これは仕事なんだもん! 仕方ないよね! ね!?
大丈夫、マントさえあれば周りに
「ん、ちょっと待って」
「なんや?」
私はふと
「今ってスタンバイモードじゃない? この状態でたとえば、ホワイトリリーに抵抗されてマントがもしはがれたとしたら……どうなるの?」
正体はバレないようになってるって前にベルは言ってたけど、そのときは完全に変身していた。でもこの状態でもその効果ってあるんだろうか。
「そらもちろん、バレるで」
「え」
今なんて?
「じゃあマントがはがされても周りに正体がバレないようにするためには……」
「完全に変身するしかないな」
「……」
「……」
「や、やっぱり私この作戦からはずれる!」
「今さらなに言うてんねん! あんさんは
「そんなことわかってるってば! だけどイヤなんだもん!」
「ぐずぐずしてたらホワイトリリーが来てまうやん! あんさんが
「そうだけど! そうなんだけど!」
ぐるぐるぐるぐる。
いろんなことが頭の中をまわる。したいこと、したくないこと、やらなきゃいけないこと、それを考える時間はないこと。
そして――
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