第81話 これがドラマなら、私は間違いなくモブ

「あれ、ちーちゃん?」


 隣から聞こえてきた声に、私は一瞬で背すじがピンと伸びた。


「偶然だねー」

「え、あっ……」


 の、のののの乃亜のあさん!?


「ちーちゃんもドラマの撮影見に来たの?」

「なん、乃亜さ、ここ……」

「私も友だちから誘われたんだ。でもこの人ごみではぐれちゃった、あはは」


 照れくさそうに笑う乃亜さん。私が単語すらちゃんと発音できていないにもかかわらず、私の意図をちゃんとくみ取って返してくれる。


 ……まさか作戦のことがバレてて、怪人とかが出てくるの待ちかまえてる、とかじゃないよね?


「それにしても意外だなー」

「え?」

「ちーちゃん、こういうのあんまり興味ないと思ってたよ。もしかして、神宮寺じんぐうじくんの隠れファンだったり?」

「あ、あはは……」


 そんなことないです神宮寺とか誰それ本当はホワイトリリーと戦う作戦のためです、なんて言えるわけもなく。というか目の前にいるのは魔法少女ホワイトリリー本人なんだし。


 乃亜さんはステップを踏むように私の隣までやってくる。淡い水色のスカートがふわりと揺れた。そんな小さな仕草さえも絵になっていて、このままドラマに出てもぜんぜん問題ないくらい。


「にしてもすごいよねー。俳優デビューして2年なのにもうドラマの主役なんて」

「へえー」


 女の人からキャーキャー言われてるから、てっきりアイドルかなにかなんだと思ってた。

 まあ、そんなに興味ないけど。


「まあ、私は正直そんなに興味はないんだけどね」


 聞こえてきたセリフに一瞬、私の考えがれてしまっていたんじゃあとドキリとする。けど、それは乃亜さん自身の言葉だった。


「そ、そうなの?」

「友だちが行こうって言うからついてきた、みたいなかんじ?」


 言って、付け加えるように笑ってから、


「あ、これナイショにしといてね?」

「う、うん」


 乃亜さん、すごいなあ。

 自分のあんまり興味がないことでも、友だちとちゃんと付き合っていて。

 私は……たぶん無理だ。人気のアイドルとか、話題のスイーツとかふつうの女子が楽しむ話題についていける自信がないし、そもそもついていこうともしない気がする。

 そこがクラスの人気者と、スクールカースト最底辺の陰キャとの違い。


 でも、なんでだろう。


 乃亜さんとなら……目の前の女の子となら、いろんな話をしてみたいって思う。プリピュアの話だけじゃなくて。いろんなところにも行ってみたいって、見てみたいって思う。


 どうして、こんな気持ちになるんだろう。


「ねえ、乃亜さ――」

「それじゃー撮影始めるんで、下がってくださーい!」


 と、人だかりの向こうから声が響いてきた。たぶん、撮影スタッフの人だろう。

 すると途端に、少し前にあった人だかりが私たちの方へ押し寄せてくる。


「きゃっ」

「あっ、ちーちゃん」


 ぎゅむぎゅむぎゅむ。


 あっという間に私たちのまわりは満員電車状態になって、おしつぶされそうになる。身体を動かすことも難しいくらいに。


「の、乃亜さん?」


 名前を呼んでみるも、返事はない。それどころか周囲のざわざわした声で届いているのかどうかもわからない。


「音が入りますんで、静かにしてくださーい」


 注意されて、ようやくざわつきは消える。だけどさすがにこの状況で乃亜さんのことは探せない。


「それじゃあ撮影入りまーす。3、2、1、よーい……」

「ガタンゴトオオオォォォン!!」


 スタート、の声をかき消すように奇妙な声が地下街に響いた。地下で閉鎖的な分、静かになっていた分、そのボリュームは反響して大きくなって耳に残る。


「な、なんだ?」「これも撮影?」

「いやいや、恋愛ドラマだぞ? 特撮じゃあるまいし」


 一気にざわつきを取り戻す人だかり。誰もが「なにがなんだかわからない」といった風の声を出している。

 そんな中、私はそれがなんなのかすぐにわかった。


 ――合図だ!

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