第79話 さっそく役に立ちました

「それでぇ、マジウケたんだけどー」

「やっばー、さすがにダメっしょーw」

「……」

「あれ、ひー? どうしたの?」

「んー? いや、クラスの子がここを曲がったように見えたんだけどなー」

「でも誰もいないよー」

「ひーの見間違いじゃないのー?」

「なのかなあ」

「それよりマック行こうよ。さっきの撮影について語りたい!」

「あ、ウチもー」


「……」


 クラスメイトの陽キャたちの、楽しげな声が遠ざかっていく。


 彼女たちがのぞいていた細い路地裏。

 私は間違いなく、そこにいる。

 見えていない・・・・・・だけで。


 つまりどういうことかというと。

 今の私は、裏返したマントにおおわれているのだ。


 あっっぶなかったあああ!!


 彼女たちがこっちをのぞこうとする直前、私はスタンバイモードで変身してマントだけを出現させて、即座に裏返した。

 あとはそれをすっぽりとかぶってしまうだけ。周りからは認識されなくなって、このとおり窮地きゅうちを脱することができたのだ。


 ベルにパワーアップしてもらった後で、ほんとによかった。この新能力がなかったらどうなっていたことか。スタンバイモードのおかげでビキニ丸出しの姿にもならなくて済んだし。


 ただひとつ問題があるとすれば……


「……」


 隣にある、整った横顔。

 そう、マントで覆ったのは私だけじゃなくて、隣にいた男の人も一緒だってこと。


「あれー? たしかにここに入っていったはずなんだけどな」


 と、私が入ってきたのとは反対側の通りに人影。見れば、スーツを着た若い女の人がキョロキョロとこちらに視線を送ってきている。さっき聞こえたのと同じ声。きっと、男の人を追ってきた人だろう。


「いない、か。おかしいなー」


 だけどさすがは透明マント。私たちに気づく様子はまったくない。

 うーん、とその場で首をひねる女の人。早くどこかに行って、と念じながら必死に息を殺す。まあ、声が漏れることはないからその必要はないんだけど。そしてそれを知ってか知らずか(知るはずないけど)隣の男の人も、口はぴったりと閉じたままだ。


 ほんとなら、マントで隠れるのは私だけでよかった。でも気づいたときには、私は男の人ごと覆っていたわけで。


 やっぱりベルに怒られたりするのかなあ。一般人に力を見せたり使うな、って。でもベルだって怪人に普通の人を襲わせているし。それに、追われているみたいだったから、ほっとけなかった。


「しょうがない。ほかを探してみるか」


 少し経って、再び声が聞こえる。そして諦めたのか、女の人はどこかに去っていった。


「行ったみたい、ですね」


 私はマントをはがして変身を解く。瞬間、マントは淡い光を放って消えていった。


「あの……」


 うーん、どう説明しようか。

 大人だし、魔法少女とか悪の組織なんて言って信じてもらえるわけない。ていうか、うまく誤魔化せる言い方も思いつかない。


 あっ、いっそのことプリピュアのセリフを引用しようかな。「クラスのみんなにはナイショだよ?」みたいなかんじで……ってダメだ! ああいうのはかわいいキャラだから成立するセリフだし、それ以前に私は魔法少女じゃないし!


「……」


 ほら、やっぱりじーっとこっち見てる。怪しんでるに違いないよ。


 なんて訊かれるかなあ。やっぱりダイレクトに「今のはどうやって?」とか「君はいったい?」とか。こういうときどうすればいいか、ベルに訊いておくんだった。


「……」


 だけど、私が予想しているような質問が飛んでくることはなかった。


「……」

「?」


 男の人は黙ったまま。

 少しだけ、目を見開いているだけだった。


 驚いてる……?


 いやまあナゾの力でピンチを乗り切ったから当たり前なんだけど。

 それとはなんだか違うような……?


 私が不思議に思っていると、男の人はようやくくちびるを動かした。


「……ありがとう。助かった」


 え、それだけ?


 いやまあ感謝されるのはうれしいんだけど……


「それじゃあ」


 今度は私が驚いていると、男の人はそう言ってくるりと背中を向けて歩き出した。


「え、あ……はい」


 なんだかよくわかんないけど、気にしてないならありがたい。

 もうクラスメイトたちもいないだろうし、早いとこ家に帰ろう。

 あ、そうだそうだ。牛乳も忘れずに買わないと、


「じゃあ……また・・

「え?」


 そんな言葉が聞こえた気がして路地を振り返る。


「あれ……」


 だけどそこには、もう誰もいなかった。

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