第78話 絶対絶命?

 いやしスポット。


 言葉のとおり、癒しを求めて訪れる場所。こころ安らぐロケーション。たとえばそれは大自然の中だったり、動物園や水族館だったり、誰かといるときかもしれない。

 だけど、私は違う。


 私にとっての癒しスポットといえば、


『プリピュアシリーズ、Blu-ray好評発売中~!』

『最新Vol.8は絶賛予約受付中! 店舗特典もお見逃しなく!』


 そう、アニメイトだ。


「はあ~、癒される……」


 店舗内の一角に常設されているプリピュアシリーズの特設コーナーの前で、私は「はふう」と息を吐いた。


 考えてみたら、ここに来るの久しぶりかも。

 最後に来たのはベルと出会った日だったっけ。それ以来、なんだかんだで時間がなかったから。

 なんだかんだ――まあ基本的には悪の組織関連だけど。


「ボスの視察対策……ね」


 授業がすっ飛んでしまうくらい考えたけど、結局いい案は浮かばず。そもそも簡単に浮かぶくらいならホワイトリリーとの戦いだって苦戦しない。私がこれだと、ベルはもっと頭を悩ませてるに違いない。


 いっそのことボスに力を貸してもらって一緒に戦う? でも敵の大将がホイホイ参戦するのは私の主義ポリシー的にも納得いかないしなあ。それに、そんなことしたらベルがすごいおしおきされるんだろう、たぶん。

 うーん、じゃあほかに方法はあるかなあ……。


 って、ダメダメ! 私は今リフレッシュのために来てるんだから! 悪の組織のことを考えるのはナシ!


 ぶんぶんと首を振って、特設コーナーに並ぶ宝の山を目に映す。Blu-ray、オープニングCD、キャラクターソング、ファンブック……そして隣の小さなテレビでは、アニメ映像が流れている。まさに天国。

 はあ~、このグッズたちをながめてるだけで幸せになれる。


「……あとは買うお金があったら言うことないんだけどね」


 私はサイフを取り出して中を見る。千円札が1枚と、十円玉が3枚。奥には牛丼値引き券。


「ん?」


 と、スマホがふるえた。

 まさか……。


 ここ最近で、私は痛いほど身にしみている。私が楽しんでるときに決まって水を差してくる、連絡してくるヤツがいるってことを。

 まさかね……。


「って、なーんだ。おかあさんか」


 表示された名前を見て安堵あんどする。よかった、いつもみたいに『集合や!』なんて号令だったらどうしようかと。


『帰るついでに牛乳買ってきて~』


 おかあさんからのメッセージは、ただのおつかいだった。


「はいはいっと」


 私は猫のスタンプで「りょうかい」と返事する。まったく、娘使いが荒いんだから。


「まあでも、こうやってお手伝いしてたら、そのうちおこづかいアップしてもらえるかも」


 ここに並ぶグッズたちをいつか手に入れるためにも、今は耐え忍ぶときだ、うん。


「えーっと、スーパーは、と」


 宝の山にさよならを告げて、地図アプリを起動。近くのスーパーを探す。ここからだと……うん、すぐ近くにありそう。

 あとはどのルートで行くかだよね。なんて考えながら自動ドアをくぐって、周囲を見回すと、


「あ」


 短い声が出て、思考と身体が一気に硬直する。

 その理由は私から数メートル先――同じ制服に身を包んだ集団。


「もーまんじヤバ! かっこよすぎ」

「ほんっとイケメンだった~」

「だよね~」


 見覚えのある顔。間違いない。


 クラスメイトの陽キャグループだ!


「どっ」


 ど、どどど、どうしよう!?


 アニメイトの前にいるこんなところを見られたら、その時点でキモオタの烙印らくいんを押されて、私のスクールライフは終わりをむかえてしまう。カラオケのときは乃亜のあさんがうまくサポートしてくれたけど、グループの中に姿は見えないし……。


 となると、私に残された選択肢は、


 たたかう? じゅもん? どうぐ?

 いや、全部違う。


 ▷にげる だ!


 私はまるで忍者みたいに気配を消して走り出す。まあ、もともと気配は薄いけど。って今はそんな自虐じぎゃくしてる場合じゃなくて。


 逃げる先はすぐそこ、アニメイトを曲がった先。

 アニメイトと隣のビルの間には、人ひとり分が通れるくらいの細い路地がある。ここに入ればひとまず大丈夫――


「きゃっ」


 どんっ。


 だけど路地に入った瞬間、私を迎えたのはそんな衝撃。

 直後、思わずつぶってしまった目を開けると、


「……」


 目の前にいたのは、背の高い男の人だった。


「あ、えっと」


 見た目は少し年上で20歳くらいだろうか。そのわりには、無表情で落ち着いていて大人びているっていうか。


「あ、あのっ……ごめんなさ」

「ちょっと! 待ちなさーい!」


 すると男の人の背中、その向こうからそんな声が聞こえてきた。同時に、男の人の肩がぴくりと動く。

 もしかしてこの人も、誰かに追われて路地ここに入りこんできたってこと?


「あはは、マジウケる~」

「だよねー?」


 が、今度は私の背後から声。こんな曲がってすぐのところだったら、絶対に見つかっちゃう。

 でもそれは、この人もきっと同じで。


 本当なら、追われているなら、道をゆずってあげたい。だけど、そうしたら私が路地から出ないといけない。そうなるとクラスメイトに見つかっちゃうのは避けられなくて。

 でもこのままだとふたりとも見つかっちゃうかもしれなくて。でもでもこんな細い路地じゃどうすることもできなくて。


 ど、どうしよう――――っ!

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