第75話 まさに、見えない力
すっかり見慣れてしまった変身シーン。光が身体からあふれ出すと同時に、服が消えてビキニがあらわに、そして黒いマントが出てくる。
「あ、ちょっ、まっ」
言葉にならない声で必死に止まってと願う。だけど変身は待ってはくれない。
ベルってば、どういうつもりなの!?
すぐ近くでは子どもが遊んでいて、主婦の人たちが話している。
って、光に気づいてみんなこっちを向き始めているじゃない!
「マントを裏返すんや!」
どうしていいかわからない、そんな気持ちでいっぱいの私に、ベルのそんな声が割り込んできた。
裏返す? どういうこと? マントなんて裏返してもマントのままでしょ?
「そんなことしてなんの意味が」
「ええから、裏返して頭からかぶり。オレの言葉を信じるんや」
相変わらず説明が足りないから、さっぱりわからない。けど、ほかにいい手段も思いつかない。
もう、どうなっても知らないから!
やけくそ気味に、出てきたマントを裏返して全身を包むように羽織る。大きいから余裕ですっぽり身体ぜんぶが入った。
直後、タッチの差で変身が終わって、光が消える。
ああ、終わった……私の人生。変態認定されて、もう二度と外を出歩けないんだ……。
ほら、公園中の人が私の方を見て――
「……あれ?」
――いなかった。
「うそ……」
マントの隙間から外をうかがう。だけど騒ぎになっている様子はない。
砂場で遊んでいた小さな子どもたちも。その脇で話していた主婦の人たちも。たしかにさっきまでは光に気づいて、こっちを見ていたはずなのに。なにごともなかったみたいに、過ごしている。
そう、まるで私の存在に
「うまいこといったやろ?」
隣からはベルの声。ドヤ顔なのは見なくてもわかった。
「ベル。これって」
「そのマントの力や」
ようやくベルは説明を始めてくれる。
「そのマントはな、裏返すと周りから認識されなくなるようになってるねん。要は『透明マント』みたいなやつや」
「透明、マント」
つまり周りからは、このベンチには黒猫が1匹いるようにしか見えていないってことなのか。
「これが、パワーアップして使えるようになった力ってこと?」
「せや」
ベルは鼻を鳴らす。
「まあ、ほかにもあるんやけど、今の段階やとこんなところやな」
「そう、なんだ」
ベルは大したことなさそうに言うけど、相手に気づかれないマントなんて、すごい。まさにファンタジーっていうか。
「これなら戦いにも使えそうだね」
「せやろ? これを
「たしかに」
ベルにしては、なかなかいい作戦かもしれない。
「さらにこのマント、さっきのスタンバイモードでも出せるから使い勝手もバツグンや」
「おおー」
なんだかテレビ通販みたいにオススメポイントを紹介してくる。そのうち『お値段はなんと!』とか言い出しそう。
「そういえば、周りから認識されなくなるって言ってたけど」
「ああ、言うたな」
「私の声とか、中の音とかはどうなるの?」
まさかなにもないところから私の声だけが聞こえてたり、なんてなったらホラーだ。この町の七不思議のひとつが私とか、かんべんしてほしい。
「もちろん、聞こえへん。今、あんさんの存在や声を認識できるのは、力の源であるオレくらいや」
てことは、マントにくるまった状態でどれだけ叫んでも周りには気づかれないんだ。
ふーん……。
「じゃあ、さっそく試してみてもいい?」
「ん?」
首をかしげるベルに、私は素早くマントの隙間から手を伸ばす。
「試すってなにを――むぎゅ」
そして、マントの中に引き込んだ。
「ちょ、あんさんなにを」
「ベルさ……また無理やり変身させたよね?」
「な、なんのことや?」
「さ・せ・た・よ・ね?」
「……そ、それのどこがアカンのや! 新しい力をわかってもらうためにはこれが手っ取り早いやんか!」
「へえー、開き直るんだ……」
マントの中、薄暗い空間で私は笑う。周りにはきっと、私が悪い人みたいな顔をしているように見えるんだろう。まあ、この中だから見えないんだけどね。
「あ、あんさんちょっと待ってえな。せや、まずは話し合おうや」
「ふーん、いつもは人の話を聞かないのに、そういうこと言うんだ」
私は両手でグーをつくると、ベルのこめかみにあてる。
「安心していいよ。この中なら、どんなに叫んでも外には聞こえないんでしょ?」
ぐりぐりぐりぐりっ!
「ちょ、あっ、んぎにゃああああああああ!」
さすがは新しい力の透明マント。黒猫の断末魔が、公園に響くことはなかった。
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