第66話 戦いのあとに

 怪人との激闘のあった日曜が過ぎて――月曜日。


「ああああああ~~~~~~っ」


 私はベッドでいも虫みたいにくるまっていた。


「もうダメだ、学校行けない……」


 ふとんの中、陰鬱いんうつな気持ちをお経のように吐き出し続けて数時間。太陽はすでに空高く昇っている。

 つまるところ、私はズル休みをしていた。


「それどころか、外も出歩けないよ……」

「だから、心配いらへんって言ってるやんか」


 ふとんの外から呆れたような声。かたつむりみたいに顔だけ出すと、ベルがちょこんと座っている。


「変身してたら、正体が誰かはわからんようになってるって、前にも言ったやろ?」

「うん……」

「それに、テレビとか見てみいな。昨日のことはあんさんのことだけやなくて、出来事そのものが話題になってへん」

「そりゃそうなんだけど……」


 ベルいわく、怪人や魔法少女のことが世間にバレないよう、毎回催眠術のようなものを使っているらしい。昨日も、まわりにいた人たちは映画の撮影だと認識がすりかわっているんだとか。


「……でも、いろんな人に見られたのは事実だし」


 布面積ギリギリの黒ビキニ。それをじっと見ていた周りの人たち。中学生も、高校生も、大人も。私のことを、私のエッチな格好を凝視していて……


 ああああ! 思い出したらまた恥ずかしくなってきた!

 怪人をたおすためとはいえ、やるんじゃなかった……


「そんな恥ずかしがらんでええやん。あんさんのおかげで怪人をたおせたんやし、なによりあの姿、オレは様になってたと思うで?」

「うっさい! あんな羞恥プレイが様になっててもうれしくないわよ!」


 人の気も知らないで……


「よし」

「ん?」

「こういうときはプリピュアだ」


 私の癒し。安寧あんねいの場所。やすらぎ。

 ズル休みして魔法少女アニメなんて、悪いことしてるとは思う。でも昨日がんばったんだし、それくらいのごほうびはあってもよくない?

 それにお母さんはパートに行ってるから家にはひとりだし。思う存分観賞するなら今しかない。


「そうと決まればさっそく準備だ」


 ふとんを勢いよくめくって立ち上がる。ふとんの下から「ぶにゃ、なにすんねん」なんて声が聞こえたけど、気にしない気にしない。

 よし、まずは昨日の最新話も見返して。それから――


 ピーンポーン。


「ん?」


 静かな家の中に機械音が反響する。誰かが訪ねてきた証。


「誰だろう?」


 お母さん? でもお母さんがインターホンなんか鳴らすわけないし。

 頭の中の「?」が消えないまま、リビングまで下りてモニターを点ける。


「は、はい」

「あ、ちーちゃん?」

「のっ、乃亜のあさん!?」


 画面に映る人物を見て、思わず私の声は裏返った。


「ど、どうして乃亜さんが私の家に?」


 というか、私の家知ってたっけ?


「今日、ちーちゃん学校休んだでしょ? プリントとか届けにきたの」

「あ、そうなんだ。ありがと……」


 日直でもないのにわざわざ来てくれたってことは、日直がめんどくさがっていたところを立候補したんだな……まさにクラスの天使。

 天使は画面越しに心配そうな表情で、


「具合どう? 大丈夫?」

「あ、ええと」

「しんどかったら、ポストに入れておくよ?」

「ええっと……」


 ど、どうしよう。


『せっかく来てくれたのに、追い返すの?』

『クラスのアイドルに自分の家の中を見られるなんて、絶対にダメでしょ!』


 心の中で天使と悪魔が言い合いを始める。ちなみに天使はホワイトリリーの姿で、悪魔は黒ビキニ。


『魔法少女オタクの部屋なんか見たら、きっとドン引きするでしょ! それでもいいの?』

『仮病で休んだっていうのに、届けにきてくれたのよ? 友だちにそんなことしちゃダメよ』

『うぐぅ』

「うぐぅ」


 心にズキッと矢が刺さる。

 そんな良心の呵責かしゃくに耐えかねた私は――


「ど、どうぞ……上がっていって」


 友だちを、乃亜さんを家に招き上げることにした。

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