第65話 力の源

 顔から下をすっぽりと包んでいた黒いマントを、私は勢いよく開いた。


 あらわになるのは――黒のビキニ、布面積の少ない、キワドイやつ。ずっとずっと、見えないように隠していたもの。


「ギュ……」


 怪人は攻撃の手を止めると、目が点になったように私の姿を見る。


「え……」


 そしてもちろん、ホワイトリリーも。


「……は」


 は、恥ずかしいいいいいっ!

 恥ずかしすぎて死んじゃいそうっ! 海とかでビキニ着てる人、どれだけ強靭きょうじんな精神力もってるの!?


 声にならない叫びが全身を走り抜ける。

 言葉どおり顔から火が出そうなくらい、頬が熱くなるのを感じていると、


「ち……」

「ち?」

痴女ちじょだギュー!」

「誰が痴女よ!」


 私だってやりたくてやってるわけじゃないんだから!


「おまえが変態だったとはギュー。……知らなかったギュー」

「だから違うって言ってるでしょ!」


 必死に否定するも、怪人は私の言い分なんてまったく聞いていなくて、


「けどムダだギュー。俺が愛するのは牛丼だけだギュー。そんな目くらまし、俺には通じないギュー!」


 いや、別に目くらましのつもりはないんだけど。ていうか女子と牛丼を同じ土俵で比べないでよ。


「どうせホワイトリリーはいつでもたおせるギュー。先に変態をかたづける方がいいギュー」


 ため・・の姿勢がこっちを向く。私を狙って。


「危ない! 避けて!」

「つゆだくアタック!」


 ホワイトリリーの悲痛な声と同時に、タックルが目の前へと迫って――


 バチン!

 大きな音。その直後、


「ギュッ!?」


 怪人が後ろに飛んだ。

 いや、弾き飛ばされた。


「ギューッ!?」


 数メートル後ろに着地した怪人は、信じられないといった様子で私を見る。

 黒ビキニ姿の私が手に持っているのは、黒いムチ。


「まさか……あのムチで? 私のホワイトスターでもね返せなかったのに」

「なーっはっは!」


 隣で高笑い。自慢げに後ろ脚で立つベルだ。


「どや! 驚いたか!」

「おまえら、いったいどんな卑怯ひきょうな手を使ったんだギュー」

「卑怯もなにも、そっちと同じ方法やで」

「なんだとギュー?」


 皮肉っぽく返すと、怪人はその意味を察する。そしてさらに理解できないといった風に、


「そんなハズないギュー。このあたりのマイナス感情のエネルギーは、俺が吸収し尽くしたハズだギュー!」

「そのとおりやけど、ちょっとちゃうんやなあ」


 ちっちっち、としっぽを振る。


「違う? なにが違うんだギュー」

「ひとつだけあるんや。吸収してない感情エネルギーが」


 もったいぶってから、腰に前脚を当てて、


「それはなあ……劣情れつじょうや!」


 高らかにカミングアウトをした。


「劣情、だとギュー?」

「そう、つまりは――」


「ちょっとエッチな気持ちってことや!」


「な、なんだってギュー?」

「なんですって?」


 ベルの言葉に、怪人はおろかホワイトリリーまでもが周囲を見渡す。

 見えるのは、怪人の襲撃によって駅前広場の奥に避難している人たち。彼らの視線を釘づけにしているのは――

 私だ。


「おい見ろよ。あの子、すんげーエロいビキニ着てるぞ」

「あんなエロい子、クラスにいたらなあ」

「なにかの撮影か? それにしても、最近の若い子はすごいなあ……」

「ママ―、あのおねーちゃん、すごいおっぱい」

「しっ! 見ちゃいけません!」


 ひそひそと聞こえてくる声。その全部が、私を見ての言葉だ。


「……」


 感じる。言葉に、視線に。そこから形成される、感情を。

 私を見て……ちょっとエッチな気持ちになってるってことが。


 そして、感じれば感じるほど、身体が熱くなる。恥ずかしさが原因とは違う、力が湧いてくるような、そんな感覚。

 これが……集めた感情がエネルギーになってるってこと……?


「すごい、私よりもずっと、エネルギー量が多いわ」

「ギュギュギュ……だが、おまえがエネルギー源にしているのはそのひとつの感情だけだギュー。恐怖、焦り、不安、いくつもの感情をエネルギーにしている俺に勝てるはずがないギュー」


 言って、攻撃をしかけてくる。予備動作なし、さっきよりも速いスピードで。


「さっきは油断しただけだギュー。今度こそぶっ飛ばして……つゆだくアタック!」


 まるで大きな弾丸のような攻撃が衝突する瞬間、


「ふっ」


 私はムチを振るった。


「ギューッ!?」


 しなるムチはまたもやつゆだくアタックを跳ね返し、怪人を弾き飛ばす。


「ギュギュギュ、俺の全力の攻撃だったのにギュー……」

「あなたの攻撃はきかないわ。それに……」


 ヒュン、ともう一度軽くムチを振る。パシ、と小さな音が鳴って、


「もう終わりよ」


 ピシッ!


 言い終わった瞬間、亀裂きれつ音が走る。

 温玉☆チーズ牛丼怪人のフタ――弱点を守るフタにヒビが入る音だった。


「そっ、そんなバカなギュー!?」


 慌てふためいてなんとかしようとする。だけどそれを待たずに亀裂は「ピシ、ピシ」とどんどん大きくなって――


 最後「パリン」と割れた。


「ギュ、ギュ~ッ!」


 この世の終わりのような絶望的な叫び。「そんな……」なんて言いながら力が抜けたように、ひざから崩れ落ちた。


「ウソだギュー。エッチな気持ちがこんなにも大きな力を生むなんてギュー……」

「ここまでね」


 と、最後通告をする声が。いつの間にか彼の前に立った、ホワイトリリーのものだった。


「観念しなさい」

「まっ、待つんだギュー! まずは話し合いたいギュー!」


 フタが割れ、弱点が、中のアツアツ牛丼があらわになった怪人はムキムキの手をわたわたさせながら、


「そ、そうだギュー。今から牛丼を食べにいかないかギュー?」

「牛丼?」

「おごるギュー。味の方は心配ないギュー。人気ナンバーワンの吉野家だギュー!」

 

「……ひとつ、言っておくことがあるわ」

「な、なんだギュー?」

「女の子を食事に誘うときは、もっと行き先を考えた方がいいわよ」


 捨てゼリフのように言って、ステッキを構える。

 そして、


「ホワイトスター!!」


 怪人の身体が、光に包まれた。


「ギューッ!!」


 ちゅどーん!


 駅前広場に響くのはお、決まりの爆発音。そのあとにやってくるのは、静寂。いつもの、まちの静けさ。


 こうして、私たちのまちに平和は戻ったのだった。

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