第64話 変身5分前、最終手段の伝授

 5分前――


「ねえベル」


 変身する決意を固めたことを告げたあと、私はいた。


「変身したら、怪人をたおせるのかな」

「せやなあ……」


 その問いに、黒猫は難しい顔をして、


「勝率はせいぜい3割ってとこやろうな」

「そこまで低いんだ」


 状況が劇的に変わることを期待していたけど、そううまくはいかないってことか。


「しゃーないで。あんさん、まだ変身して戦ったことないやろ? 経験を積んだらいろんなことができるようになるやろうけど、今の時点では難しいな」


 たしかに、ホワイトリリーみたいにいくつもの技を会得えとくしているわけじゃない。できそうなことっていえば、せいぜい変身に使った黒いムチをたたきつけるくらいだ。


「まあ、あんさんは機転が利くからな。うまいこと作戦を考えたら、もしかしたら勝てるかもしれん」

「……でも、その作戦を実行してもダメだったら?」


 作戦がないわけじゃないけど、勝てる確証はない。現実は、プリピュアみたいに全部がうまくいくわけないんだ。確実な勝利を手にするためには、作戦が失敗したときのことをちゃんと考えておかないといけない。


「ないことはないんや」

「え?」

「あんさんが、怪人と戦えるようになって勝つ方法」

「じゃあ、その方法を」

「その前に、や」


 ベルは話をいったん区切る。


「変身したあんさんと怪人の間には大きな戦力差がある。それはわかるやろ?」

「う、うん」

「その原因は単純に、身体にもってる感情エネルギーの量に差があるからや」

「感情エネルギーの量?」


 せや、とうなずいて、


「怪人も変身したあんさんも、オレの力で生まれた存在やからな。オレと同じように、マイナスの感情をエネルギーにしてるっちゅーわけや」

「だから怪人は、たくさんのエネルギーを得るために、ここで暴れだしたんだ」

「そのとおりや。人が多いから集まる感情エネルギーの量も多くてな。そんで、オレやハカセの力でも止められへんくらいになってしもうたんや」


「なら、私も同じようにこわがらせたりして、エネルギーをゲットすればいいってこと?」


 駅前広場の奥に目をやる。怪人から逃げて避難している人たちが、戦いを見守っている。そこからエネルギーを集めることになるんだろうか。

 だけど、ベルは力なく首を振る。


「そうしたいのは山々やけど、このあたりは怪人が混乱させまくったあとやからな……。これ以上ここにいてる人らのマイナス感情はたいして増えへんやろうな」

「じゃあ、もうどうすることもできないんじゃあ……」


 まさに万事ばんじ休す、じゃない。


「いんや」


 ベルは再び首を振る。今度はしっかりと。


「ひとつだけあるねん。あんさんがアイツを上回る感情エネルギーを得る方法が」


 つまり――勝つ方法が。


「どうすればいいの?」

「せやけど、ええんか? あんさんが進んでやりたいような方法とはちゃうで?」

「そんなこと、もう言ってる場合じゃないでしょ」


 要はマイナス感情エネルギーを集めるってことだから、人に迷惑をかけなければいけないことなんだろう。だけど、ためらっていたら、被害ひがいは余計に広がってしまう。


 それに、目の前で苦しみながらも戦ってくれているホワイトリリーを、助けてあげたい。


「よっしゃ、わかったわ」


 私の目を見て覚悟が伝わったのか、ベルは大きくうなずいて、


「それはやな――」


 話してくる。私にできる最終手段を。


「――というわけや」

「……それ、本当なんでしょうね」


 一刻を争う状況だからだまって聞いていたけど……正直に言って、耳を疑う方法だ。


「もちろんや。猫に二言はあらへん」


 いつになく真剣な口調。


 けど……うーん……。


「どないする? 無理なんやったら怪人の気が済むまで暴れさせて」

「や、やるわよ!」


 そんな悠長ゆうちょうなことを言ってたら、まちじゅうがめちゃくちゃになっちゃう。


「だ、だけど、その手段をとるのは、私の考えてる作戦がダメだったとき! そうなったときしかやらないからね!?」

「ああ、それでかまへん。こうなったら、なんとかできるのはあんさんしかおらんからな」


 丸投げしてくるベルに背を向け、変身するために黒いムチを取り出す。


「ほな、あとは頼んだで――」


 おなじみの変身の光に包まれる直前、届いてきたのはそんな声だった。


 ――――。

 ――。


「怪人っ!」


 作戦が失敗して、ホワイトリリーがかばってくれていて。そして5分前の会話が走馬灯そうまとうのように駆け巡った直後、私は叫んだ。駅前広場全体・・・・・・に聞こえるように。


「こっちを見なさいっ!」


 ふるえる手であるものをぎゅっと握って。

 呼吸する間もないほどひと息に。


 私は――身体をおおっていた黒いマントを、思いっきり開いた。

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