第50話 暴走×3

「これって……」


 たどり着いた駅前広場には、予想もしなかった光景。

 3体の怪人が我が物顔で暴れまわっている。


「ギューッ!」

「タマーッ!」

「チーッズ!」


 1体は見覚えがある。この間ホワイトリリーと戦った牛丼怪人だ。そのほかは……


「……玉子? それと……チーズ?」


 いつも見るサイズの何倍だろう、等身大の白いまん丸に、黄色い立方体。これまで見てきた怪人と同じように、それぞれムキムキの手足がにょっきり生えていて、ボディビルダーみたいにポーズをとっている。

 牛丼と……人気のトッピング?


「うわあああっ!」

「逃げろーっ!」


 絶えず聞こえてくるのは、広場にいる人たちの悲鳴。好き放題している怪人たちから、みんな逃げ回っていた。だけど、怪人たちは自分たちを恐れていることに気をよくしたみたいでさらに追い回している。完全に逆効果だ。


 なにがどうなってるかはぜんぜんわからないけど……怪人ってことは間違いなく悪の組織の仕業しわざのはず。

 とにかく、まずはベルを探さないと。

 連絡してきたんだから、必ず近くにいるはず――


「いたっ!」


 周囲を探すと、すぐに見つかった。広場のすみっこ、そこには隠れるように黒いシルエットが。


「ベル!」

「おお、あんさん。来てくれたんか……」

「なに悠長ゆうちょうなこと言ってるのよ……ってベル、どうしたのその身体」


 問いめてやろう、なんて思っていた勢いががれる。ベルの身体が、いつもよりボロボロだったからだ。いつもはそれなりに整っている真っ黒な毛並もボサボサ状態。


「いったい、なにがあったの?」

「全部ワシのせいじゃ」


 背後から現れて質問に答えるのはミカさん――もといハカセ。その姿もベルと同様で、白衣は汚れていて、おまけにぐるぐるメガネにはヒビまで入っている。


「そんなことあらへん。一番悪いのはこのオレや」

「ベル殿は悪くありませぬ。責任はすべてこのワシ」

「ちょっと、そういうのは後でいいから。説明してよ」


 まるで辞職の記者会見をしている政治家みたいに沈んだ表情のふたりに訊く。


「あの怪人は、新しくつくったの?」


 正確には牛丼怪人のほかにいる2体、玉子怪人とチーズ怪人。


「そうじゃ。祝勝会のときに浮かんだアイデアを、早速形にしたのじゃ」


 そういえば、この間ベルがお披露目ひろめ会をするって言っていた。きっとそれだ。


「ほんで、ホワイトリリーとの対決に向けて、ちょこっと試運転しようっちゅー話になったんや」

「で、これが試運転?」


 どう見ても大騒ぎだ。なんなら今まで見てきた中で一番パニックになっている。


「うぐ」


 口ごもるベル。


「それに、もしかしなくともだけど、怪人の制御せいぎょがきかなくなってる?」

「うぬ」


 続けてハカセ。

 どうやら図星みたい。


「でもそんなことって、あり得るの?」


 ハカセはいわば怪人の生みの親。プリピュアでも悪い怪人が言うことを聞かずに暴走するなんて話は見たことがない。


「それがのお……」


 バツが悪そうに目線をそらす。その先には――ベル。


「べっ、別にオレは暴走させようと思ってやったわけとちゃうねんで!」

「それはわかったから。なにをしたの?」

「それはまあ、その……」


 ベルは再びぐっと詰まってから、


「この間の戦いで得たマイナス感情エネルギーを、思いっきり注入したんや」

「……なるほどね」


 それで、注入しすぎて暴走しちゃったってわけなんだ。どうせ調子に乗ってやりすぎたんだろう。その姿は簡単に目に浮かぶ。


「で? あの怪人たちを止める方法はないの?」

「それがあったら苦労はせんのや」


 ぺたり、とその場に座り込む。


「オレもハカセも、止まるように何回も言うたんや。せやけど、マイナス感情の味を占めたんやろうな、止まりよらへん」


 だからふたりともボロボロ状態なのか。だけど悲しいことにベルもハカセも戦闘向きじゃない。怪人を倒すどころか止めることすら難しいんだろう。


「せやから、あんさんを呼んだんや」

「ん?」


 姿勢を変えるベル。いったいなにをするつもり――と思っていたら、その場で土下座した。


「頼むっ! あんさんの力でなんとかしてくれ!」

「えっ……ええっ!?」


 なに言ってるの!?


 ハカセも隣に並ぶと同じようにひれして、


「ワシからもこのとおりじゃ!」

「ちょっと待ってよ! 私、そんなことできないってば」


 顔を上げてよ、と言うもふたりは断固として土下座体勢を崩さない。


「そないなことあらへん。この間のホワイトリリーとの戦いかて、立派にやってのけたやんか」

「あれは別に私、戦ってないってば」


 そりゃあ作戦は考えたけど。実際に戦ったのは、それこそ目の前で暴れている牛丼怪人だ。


「そうだ、橋本はしもとさんたちは?」


 私ひとりなんかに頼むより、橋本さんたち戦闘員総出で取り押さえにかかった方がよっぽど期待できる。


「それも考えたんや。けどな……」


 ようやく顔を上げたベルが、チラリと一瞥する。その視線の先には、こんもりとした山。橋本さんたち――真っ黒なタイツに身を包んだ戦闘員が重なり合うように倒れていた。


 ダメだった、ってことか。


「もう、頼りはあんさんしかおらんのや!」

「でも、だからって……」


 私なんて、できることはなにもない。たしかに変身は何度かしている(させられている)けど、戦闘らしい戦闘なんて一度もやったことがない。


 かといって、他に怪人に対応できる人間はいないのも事実。

 どうすれば――


千秋ちあき殿! 後ろ!」

「えっ」


 ハカセの声に反応して、振り返る。そこには、


「ギュッ、ギュッ、ギュッ」


 牛丼怪人。ここに来たってことは、暴走が止まった……なんて、そんな都合のいい状況、あるわけない。


 ってことは……敵味方関係なく、見境みさかいなく襲っている!?


「ギューッ!!」


 気づいたときには遅かった。牛丼怪人が声を上げて、こぶしを振り下ろしてくる。


「きゃっ」


 思わず頭を抱えて目をつむる。

 ダメだ、間に合わない――


 ガッ!


 響いてくるにぶい音。だけど、身体に感じるはずの痛みは、まったくなかった。


「…………?」


 おそるおそる、目を開く。少しずつ明るくなる視界。


 私の目に映ったのは――白。


 フリルのついた、純白のスカート。少しの汚れもない、真っ白なリボン。


 間違いない、そこにいたのは。私を怪人の攻撃から守ってくれたのは。


「大丈夫……?」


 魔法少女、ホワイトリリーだった。

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