第44話 勝手にしゃべってくれる猫

「こんにちは」


 落ち着いた声で、白猫は重ねてあいさつをしてきた。


「えっと……こんにちは」


 今一度、足元にあるその姿を見る。綿毛のようなふさふさの白い毛。その奥にある黄色い瞳が、私をじっと見つめている。


「あなたが悪の組織に入った新メンバーね」


 白猫はヒゲをひくひくと動かしながら、さっき聞いた言葉を口にした。疑念のようなものは一切含まずに。


「……どうして、そうだとわかるんですか?」

「あら、誤魔化ごまかさないのね」

「違うって言っても、信じないでしょ」


 変にとぼけてもしょうがない。確信していて、あえていてるって感じだし。それに、ベルとは別の猫に話しかけられてる時点で普通じゃない。


「まあいいわ。話が早いのは私も助かるし」


 ひょい、と乃亜のあさんの家を囲う塀に飛び乗る。


「どうしてわかるか、だったかしら。そんなの簡単よ」


 後ろ脚だけで立つ。目線が私と同じ高さになって、


「あなたからは、ベリアルと同じ匂いがするもの」

「ベリアル?」


 誰? いや何のこと?


「ああ、こっちじゃ『ベル』と名乗ってるんだったわね。私と同じ、しゃべる黒猫よ」

「あ、それはわかります」


 関西弁で調子のいいことばかり言う黒猫が思い浮かぶ。そっか、ベルの本名、ベリアルっていうんだ。

 ていうか同じ匂いって。私、そんなに猫の匂いするのかな。くんくん。


「それで、その……あなたは私に何の用、なんですか?」


 私は念のため、周囲を見回して人がいないことを確認してから小声で訊く。

 ベルみたいにしゃべる猫ってことは、同じように宇宙から来たってことなのかな。でもベルの仲間……とはちょっと違うような気もする。


「何の用、ですって?」


 と、白猫がまゆをひそめる(そもそも猫に眉ってあるのか知らないけど)。


「それは訊きたいのは私の方だわ」

「どういうことです?」

「とぼけないで」


 わからないでいると、イライラするようにしっぽを左右に振る。しっぽまで真っ白な毛でもふもふだ。触ったら気持ちよさそう。


 なんて考えていると、白猫はしびれを切らしたように、こう言った。


「悪の組織の人間であるあなたが、どうしてホワイトリリーの家に来ているのか、ってことよ」

「……ん?」


 ちょっと待って?

 誰が、誰の家に来たって?


「あーもう、ここにきて誤魔化すなんて往生際おうじょうぎわが悪いわよ」


 さらにイライラをつのらせた様子。そんなこと言われても、こっちはまだ理解が追いついてないんだから。


「だ、か、ら。もう一度言うわよ?」


 私が来たのは乃亜さんの家で、えーっと。白猫はなんて言ったっけ……


「誰にも知られていないホワイトリリーの正体を、どうしてあなたが知っているのかって訊いてるのよ」


 えーと、つまり……。



「え、ホワイトリリーの正体って、乃亜さんなんですか?」


「だから、そう言ってるじゃない」

「そうなんですか?」

「……ん?」


 白猫は首をかしげる。


「あなた、知ってたのよね?」

「いえ、今はじめて聞きました」


「……」

「……」


「「えええええええ!?」」


 私と白猫のユニゾンが、夕方の住宅街にこだました。

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