第40話 正体と理由(1)

「そういえば、ずっと前から気になってたんだけど」

「なんや?」


 家までもうすぐ。変わらず細い塀の上を器用に歩く黒猫に、私は訊いた。


「ベルはどうして、魔法少女と戦ってるの?」


 素朴な疑問。出会ったときから心のすみにあったけど、いろんなことがありすぎたせいでく機会を逃し続けていた。

 悪の組織と正義の魔法少女が戦うには当然理由がある。プリピュアだと世界征服とか、シリーズごとに敵の目的があったけど、ベルにもそんな野望があるんだろうか。


「そうか、あんさんには言ってへんかったな」


 ベルの動きがぴたりと止まる。つられて、私も歩を止めた。


「ほんまやったら秘密にしとかなあかんねんけど……あんさんには色々と助けてもろたしな」


 私の方を向く。そして夜を、そこに浮かぶ月を、星を見上げて……こう言った。


「オレはな……宇宙からやってきたんや」

「は……え?」


 宇宙? Space?


「なんや、せっかく話したってるのにその顔は」

「いやだって宇宙なんていきなり言うから」


 急展開すぎる。ファンタジーものの映画を見ていたはずなのにいきなりSF展開になったみたいな。


「つまり……ベルは宇宙人、ってこと?」

「あんさんたちから見たら、そういうことになるな」


 ベルはうなずく。宇宙人って猫の姿をしてたんだ、知らなかった。てっきりタコみたいな見た目なのかと。


「それで、ベルはわざわざ宇宙からなにしに来たの? 地球観光?」

「そうそう、地球はめっちゃええとこ――って、んなわけあるかいな」


 見事なノリツッコミ。宇宙出身じゃなくてホントは関西出身なんじゃないの?


 気を取り直して、とでも言うようにベルは「おほん」と咳払いをひとつして、


「ほな、あんさんに質問や」

「質問?」

「食べ物と、うれしいとか楽しい気持ち。生きていくのに欠かせへんのはどっちや?」

「そんなの、食べ物に決まってるじゃない」


 気持ちも大事だけど、生きるためにって言われると前者を選ばざるを得ない。


「正解や」


 ベルはしっぽでくるんとマル印をつくる。けれど、その形はすぐににょろりと崩れてしまった。


「けどそれは、オレらにとっては違うねん」

「え?」

「オレらにとっては、それは逆やねん」

「ええっと……」


 つまり?


「ひらたく言うたら、オレらのエネルギー源は感情や」


 言っていることをうまくみ込めずにいると、ベルは話を続けてくれる。


「周囲の生物が抱く感情。それをかてにしてオレらは命をつないでる」

「感情を、エネルギーに」


 言葉は理解できても、実際そうだと言われてもうまく実感は湧かない。


「でもベル、私と初めて会ったときはお腹すかせてたじゃない」


 今にも倒れそうになっていたのを覚えている。


「あのとき私がごはんあげたらおいしそうに食べてたでしょ?」

「あー、あれか」


 ベルは気まずそうにちょいちょいと後ろ脚で耳をかくと、


「すまんな。あれはあんさんが食べ物くれたからっちゅうよりも、あんさんが隣に来てくれたからやねん」

「どういうこと?」

「あんさん、あのとき心の中でどんなこと考えてた?」

「えっと」


 たしか……アニメショップで予約してたCDを受け取って、まだ知り合ってないころのミカさんとぶつかったんだっけ。それで、プリピュアの缶バッチをつけてるミカさんを、好きなものを恥ずかしがらずにしている姿を見て、


「ちょっと……いや、けっこう卑屈になってた、と思う」

「それやねん」


 びし、と前脚を向けてくる。ぷにっとした肉球が見えた。


「そんなマイナス感情をもったあんさんがやってきてくれたから、オレは九死に一生を得ることができたんや」

「じゃあ、私があげたパンとかって」

「あー、今やから言うけど、ほとんど意味なかったな」

「ええー……」


 いらないならいらないってそのときに言ってよ。


「いやー、それにしてもあんときにもろたエネルギーは格別やったわ」

「そうなの?」

「あの自分に対して嫌気がさしてる感じ、最高のごちそうや!」

「え」


 うっとりした表情になるベル。


「あそこまで卑屈になってるやつはそうおらへんわ」

「……」

憂鬱ゆううつな気持ちがぐつぐつと煮込まれてるかんじ。ほんま絶品や」

「……」


 食レポ、というか私の思っていたことが勝手にレポートされていく。


 ……うーん。

 さっき、もうちょっとだけ手伝ってあげるって言ったけど、やっぱりやめよっかなあ。

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