第39話 もう少しだけ

「別に送ってくれなくてもいいのに」


 居酒屋での祝勝会の後。私は夜道をベルと歩いていた。


「ベルも二次会、行きたかったんじゃないの?」


 私はこれ以上帰りが遅くなるわけにはいかないので帰途きとについている。ミカさん、橋本はしもとさんたちは酔った勢いそのままに「行くぞー!」と叫びながら次のお店を探しに駅前の通りを歩いていった。


「いーや。オレは飲みすぎたからな。ましも兼ねて、や」


 お店を出た直後のベルは、かなりふらついていた。あれだけビールに日本酒にと飲み続けていたら当たり前だろう。今でもその足どりはなんだかふわふわしているようにも見える。

 かくいう私も、お酒なんて1滴も飲んでいないのに、身体はぽかぽかとあたたかかった。ふわりと当たる夜風が気持ちいい。


「すまんな」

「え?」


 ふと、聞こえてきたのはそんな言葉。


「なによ突然」

「成り行きとはいえ、あんさんを巻きこんでしまったからや」

「えー……今さら?」


 そういうのはもっと前に言うべきなんじゃないの?


「しゃーないやろ。あのときはホワイトリリーに勝つために必死やったからな」


 たしかに会ったばかりの私に力を与えるわ、逃げられないようにおどしてくるわ、後先考えず魔法少女と戦うわ、散々だった。


「全部、あんさんのおかげや」

「そ、そうかな」

「ホワイトリリーに勝つことができて、みんなのやる気も上げてくれた。オレだけやったら絶対にできひんかったわ」

「えへへ、それほどでもないってば」

「せやけど、あんさんに頼りきりっちゅうわけにもいかん。そうも思うわけや」


 ひょい、と家の塀に飛び乗る。その目線は私と同じ高さになった。


「せやから……頃合ころあいかもしれん」

「え?」


 立ち止まって、隣を振り向く。そこには、夜の暗闇に溶けそうな黒猫の姿。


「あんさんが望むなら、あんさんを元の生活に戻してもええと思ってる」

「ベル……」


 はっきりと見えるのは、黄色い目と首についた黄金色の鐘だけ。


 元の……生活。

 もうベルに振り回されることもなくて。好きなときに好きなだけ魔法少女趣味に没頭できる生活。そんな日々に戻ってもいいと、ベルは言っているのだ。


 そんな言葉に、私は――


「ウソでしょ」

「な」

「どうせ裏ではなにか考えてるんでしょ」


 ベルがそんな殊勝しゅしょうなこと、言うはずない。今まで何度ダマされてきたことやら。


「あのなあ……」


 ヒゲを震わせながら、ベルは息を吐く。


「せっかく親切で言ってやってるっちゅーのに」

「その親切が油断ならないって言ってるのよ」


 いくらホワイトリリーに勝利したとはいえ、まだたったの1回。魔法少女との戦いはこれからも続いていくんだ。この勢いのままいけるなんて到底思えない。


 だから……


「もう少しだけ協力してあげる」


 悪の組織が、ちゃんと悪の組織でいられるように。私の大好きな、魔法少女のためにも。


「ほ、ほんまか?」

「うん」

「じょ、冗談とちゃうよな?」

「私はベルみたいにウソついたりしないもーん」


 くるっとその場で回ってみせてから、歩きだす。塀の上のベルもそれに続く。


「でもええんか?」

「いいかどうかでかれたら、そりゃよくないよ」


 私が好きなのは魔法少女だから、早くやめたいって思うのも事実。


「でも、私がいなかったらベル、すぐに調子乗って、また負けちゃうに決まってるもん」


 それに。


 頭に浮かぶのは、さっきの祝勝会。ミカさんたちと一緒のあの雰囲気と離れることを考えると、少しだけ胸がきゅっとなった。


「だから、ベルがちゃんと戦っていけるように、ちょっとだけ手伝ってあげるって言ってるの」

「あんさん……」

「あ、変身はしないけどね」


 それだけは譲れない。今日だってホワイトリリーの前で変身したときもめちゃくちゃ恥ずかしかったし。


「そこまで悪の組織のことを考えてくれてるなんて……」


 震える口調で「くうー」と涙を流している。居酒屋でも思ったけど、猫って泣くんだ。


「よっしゃわかった!」

「え?」

「あんさんの覚悟、伝わってきたで」


 すっ、と後ろ脚だけで立ち上がる。そして、


「せやったら、あんさんが活躍できるような作戦を考えようやないか!」

「えーっと」


 人の話聞いてた?


「遠慮はいらんで! 次は変身したあんさんを中心にすえて、ホワイトリリーをぎゃふんと言わせるで!」

「だから変身はしないってば!」

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