第36話 変身、からの作戦その2

「へんっ! しんっ!」


 木の裏側に隠れた私は、黒いムチをぎゅっと握りしめて、小さく叫んだ。

 瞬間、私の身体からいつもの光があふれ出す。適当に叫んだだけだったから本当に変身できるのかな、なんて不安もあったけど、こうして変身が始まったところを見ると、かけ声はなんでもいいらしい。


 まあ、いい加減なのは作戦会議の時点でわかってたけど。


『なんで黒いムチが変身道具なのよ!』

『文句言うなや。あんさんが好きなポリキュアの敵が使っとる道具を参考にしたんやで?』

『なんでそこ!? ていうかプリピュアだからっ!』


 変身道具、どんな形でもいいのか。どうせならかわいいステッキとかがよかったなあ。


 なんてことを考えているうちに光が消えて、変身が終わる。くせっ毛からストレートヘアー、メガネがなくてもクリアな視界。そして、首から下をおおう真っ黒なマント。

 いつもと変わらない変身姿。マントの下がすーすーするところまで一緒だ。確認してないけどきっと、おそらく、間違いなく、そこにあるのは黒のビキニ……いや、今は考えるのやめておこう。


 ともあれ、変身は無事成功。まずはひとつ目のハードルはクリアだ。


 一度だけ、深呼吸。それからマントがめくれないようしっかりとつかんで、私は木の陰から飛び出した。


「あなた……」


 怪人がもう1体出てくると思っていたのか、ホワイトリリーは身構えていた。だけど、私の姿を見るやいなや、肩の力を抜く。


「この間は話を途中で切っちゃってごめんね」


 なんて言って笑いかけてくる。私のことは悪の組織の一員だけど、敵ではないという認識なんだろう。なにせサインもらうくらいだし。


 正直に言えば、このまま魔法少女と楽しくお話をしたい。サインもあと2枚はほしいし。

 ――でも。


 ホワイトリリーから視線をずらす。そこには、倒れている戦闘員の人たち。それから、ハカセにベル。

 ここで私が自分勝手なことをしたら、作戦は台無しになる。それは絶対にダメだ。せっかくみんなで考えたんだもの。


 だから、私もがんばるんだ!


「……お」


 マントの間から右手を出して、びしっ、とホワイトリリーを指さす。そして目いっぱい息を吸い込んで、


「おーっほっほ。今日こそ私の力を見せつけてやるわー」


「……」

「……」


 目の前の魔法少女は、まるで時が止まってしまったみたいに固まっている。言い換えれば、じっと見つめられている。


「~~~~っ」


 頬がみるみるうちに熱をもっていくのがわかる。無論、恥ずかしさゆえに。

 これで本当にいいの!? うらみがましい視線をちらりとベルに送るけど、黒猫から返ってくるのは「ええから作戦どおりやるんや!」という表情のみ。


 うう……。

 わかってるよ、ここまできて後戻りできないことくらい。私は唇をきゅっと小さくかんで、


「わ、わたしはー悪の女幹部。目にもの見せてやるわー」

「……」

「観念するのね、ホワイトリリー。今日があなたの命日よー」


「……えーっと」


 よくやくホワイトリリーの口が開く。が、出てきたのは困惑したような声。そんな声とともに頬をかきながら、


「無理して言わなくても、いいよ?」

「……え?」

「もしかして、演技の練習してる、とか?」

「……」


 あっ、これ、同情されてるやつだ。間違いない。


「もしかして、ベルに言わされてるの?」


 しかもちょっとかわいそうな目で見られてる!

 恥ずかしい、恥ずかしい、恥ずかしい!


 だけど――我慢。我慢するんだ私!


「私の姿を見て、恐れおののいてしまったようねー。おーっほっほ」

「あはは……」

「今日こそ勝たせていただくわ。ほーっほっほ」


 覚えたセリフをひたすら口にする。そんな私を、ホワイトリリーは戦闘態勢をとるどころか、苦笑しながら生温かい視線を向けてくるだけ。


 これでいい。これでいいんだ。だって、


 私の役目は、ホワイトリリーの注意を引き付けることだから――


「今や!」


 そんなベルの合図が聞こえてきた瞬間、


「ギュードンッ!」


 ドカッ! と。


 牛丼怪人の体当たりが、ホワイトリリーに直撃した。

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