第34話 作戦決行!

 ベルから送られてきた位置情報は予想どおり・・・・・、私が通う中学校だった。


 校門を抜けて校内へ。私服のままで少しだけ罪悪感があったけど、今はそんなこと気にしていられない。

 誰か知り合いや先生に見つかったりしないかな。そんな心配はするだけムダだとでも言うように、見事に誰ともすれ違わなかった。やけに静かだし、部活は終わったのかな……。なんて思いながら一直線にグラウンドへ向かうと、


「いた!」


 グラウンドのすみっこにある大きな桜の木。その陰と同化するように、小さな黒猫はいた。


「ベル!」

「おお! よう来てくれたで!」

「あのねえ」


 なにが「よく来てくれた」よ。説明もなしにいきなり呼びつけて。ちょっとは人の予定も考えなさいよ。


「どうしてこんないきなり――」


 ドンッ!


 問いめようとした私の声が、大きな音にさえぎられる。


「な、なに?」


 音の発信源、グラウンド中央に目を向けると、


「ギュードーン!」


 さっきまでなにもなかったその場所には、ムキムキの手足が生えた等身大サイズの牛丼が立っていた。ここ最近の出来事ですっかり見慣れてしまった姿。間違いない、あれは、


「まさか」

「せや、あれが」

「ほっほっほ、新しい怪人じゃよ」


 と、ベルの言葉を引き継いだ人物が、木の後ろから姿を現す。


「ハ、ハカセ?」

「すまんのお、千秋ちあき殿。急に来てもらって」


 ハカセは申し訳なさそうにつるつる頭をかく。


「作戦会議で考えた怪人が、さっそく完成したものでの」

「じゃあ……今から作戦を実行するってこと?」


 作戦――もうずいぶん前のことのように思えるけど、つい昨日の夜にみんなで考えたもの。


「せや。それでみんなに予定をいたら、今日が空いてるっていうさかい、急きょ作戦を決行することにしたんや」

「それはわかるけど、いきなりすぎじゃない? もう少し日を空けてからでもよかったんじゃないの?」


 ていうか、私の予定は訊かれてないんですけど。いきなり「来てくれ!」だったんですけど。


「しゃーないやろ。橋本はしもと田辺たなべも、今日を過ぎたら子どもと遊ぶ約束があるから予定が合わへんって言うねんから」

「うっ……」


 それを言われてしまうと、私も強く出れない。余計なお世話かもだけど、今までブラックな環境にいた橋本さんたちには、できるだけ家族との時間を優先してほしい。


 すると、私が言葉を詰まらせてるのをいいことに、ベルは力強く前脚をあげて、


「というわけで、昨日の今日やけど、作戦実行や! ハカセ!」

「うむ!」


 大きくうなずくハカセが、白衣をひるがえしながら木陰から出て怪人を指さす。


「さあ行くのじゃ、牛丼怪人!」

「ギュードン!」

「待ちなさいっ!」


 牛丼怪人が両手をあげた直後、空から透き通るような声が響く。まるで示し合わせたみたいなタイミング。誰の声かは確認するまでもない。


「来よったな! ホワイトリリー!」

「ほっほっほ、待っておったぞ」


 私は木に隠れて、その姿をじっと見る。怪人の近くには、相変わらずけがれを知らない純白の衣装に身を包んだ美少女が、グラウンドに降り立っていた。ああ、いつ見てもきれいでかわいいなあ。まさに私の理想の魔法少女。


 ホワイトリリーは怪人を一瞥いちべつしてから、ベルとハカセの方を見て、


「あなたたちもりないわね。私が来たからには、悪だくみはおしまいよ」

「はん! そんなこと言ってられるのも今のうちやで! 今日のオレらはひと味違うちゃうで!」

「なんですって?」

「いくで!」

「キ――ッ!」


 と、ホワイトリリーを囲むように橋本さんたち――もとい、真っ黒なタイツ姿の戦闘員が飛び出してくる。


 これが……作戦その1。

 まずは怪人を出現させる場所。地の利のある場所――つまりは私がよく知っている中学校グラウンドに怪人を出現させて誘い込む。魔法少女の正体は小学生以下の女の子、なのでホワイトリリーがこの場所をよく知っていることはまずない。


 え、魔法少女の正体がなんで小学生以下の女の子って決めつけてるかって? そりゃそうでしょ! それがお約束ってものだよ! プリピュアでもそうだもん!


「なーはっはっは! どや、ホワイトリリー!」

「く、まさかこんなに敵の数がいるなんて」


 次に、こっちの戦力だ。これまでの戦いをみても、単純な1対1でホワイトリリーに勝つのは難しいかもしれない。けれど、橋本さん、田辺さん、二階堂にかいどうさん、全員でかかれば可能性は変わってくる。

 まあ、今までは単にベルが思いつきで怪人を出現させてばっかりで全員がそろうことがなかった、っていうだけなんだけど。


「キ――ッ!」


 全方位から、戦闘員が魔法少女に襲いかかる。見たことのあるホワイトリリーの攻撃は一直線のビーム系。なら、3人のうち1人を倒せても、その間にほかの2人が攻撃することができる。


「でも……私は負けないっ」


 が、しかし。


「シャイニングシャワー!」


 ホワイトリリーが叫び、ハートのついたステッキを掲げる。

 瞬間、ステッキがまばゆい光を放ちだした。


「キ――ッ!?」


 光はまたたく間に広がり、戦闘員たちを包み込む。


 あれは……。

 大きな光。だけど、離れた場所から見ている私にはかろうじてその正体を確認することができた。針のような無数の小さな光がステッキを中心に飛び出しているのだ。

 まさに全方位攻撃。これじゃあ、3人だろうが100人だろうが関係ない。


「キ――……」


 時間にすればあっという間に、光がステッキへと収束していく。光が晴れたあと、残ったのは倒れている戦闘員だけだった。そしてすぐさま、ステッキを牛丼怪人に向ける。


「あとはあなただけよ、怪人」

「ギュギュギュ……」


 強い。さすが町の平和を守る魔法少女。


「ぬぬぬ」


 ベルもこんな技を見るのは初めてだったのか、戦闘員たちの完璧なやられっぷりにうなることしかできない。

 いつもなら、ここで撤退。しっぽまいて逃げる。


「……しゃーない」


 だけど今日はそうはいかない。とでも言うように、


「作戦……その2や!」


 宣言するベルが向くのはホワイトリリーの方でも、ハカセの方でもなかった。

 背後の桜の木。つまりは、私の方。


 作戦その2、言い換えれば――私の出番。

 やるしか、ないんだよね。

 勝てるかどうかはわからない。でも、魔法少女の敵として、悪の組織私たちは全力をつくさないと。魔法少女がより光り輝くために、宿敵だと胸を張って言える存在であるために。


 ここまで来たら、もう後戻りはできない。

 覚悟を決めろ、西村にしむら千秋。

 こぶしを小さく握って、私はカバンから――あるものを取り出した。

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