第33話 デートの終わり

『頼む! 今すぐ来てくれ!』

「ちょ、は……ええ!?」


 スマホのスピーカーから聞こえてきた関西弁に思わず声を荒げてしまう――けれど直後、ほかのお客さんがこっちを見ていることに気づいて、私は背中を丸めて小声になる。


「どういうこと? 作戦を決行するときは、前もって連絡するって話だったよね?」


 つい昨日の作戦会議で決まったこと。まだ24時間も経過していないのに。それをこの黒猫は、いきなりひっくり返そうというのか。


『あんさんの言いたい気持ちもわかる。せやけどもう時間がないんや』

「そんなこと言われても、今すぐなんて行けないよ」


 相変わらずこっちの予定をガン無視なことには、怒りを通り越してあきれてしまう。


『そこをなんとか頼むわ。説教はあとでなんぼでも聞くさかい』

「いったい、なにがあったのよ?」

『詳しい説明はあとや。とにかく来てほしいんや』


 またこれだ。今までだってロクな説明があったためしがない。とにかく来いの一点張り。


『場所はLINE送る地図を見て来てくれたらええから。ほな、頼むで!』

「あっ、ちょ――」


 ぶつり。


 まだ話は終わってない、と言おうとしたところで、一方的に通話は切られた。

 反射的に指が通話ボタンへと向かったけど、寸前で止める。どうせかけ直しても不毛な問答が続くだけだろう。

 しゅぽんっ、と、ベルとのトーク画面に、位置情報がはりつけられた。なんでもいいからここに来い、ってことなんだろう。


 行くしかない……よね。


「はあ……」


 ため息と同時、肩を落とす。まあ、ベルから連絡があったらいつもこのパターンだ。

 このまま聞かなかったことにすれば、行かないという選択をすることも可能。でも、そうなると私の平穏な魔法少女オタクの生活がどうおびやかされるかわからない。それに、あそこまで作戦会議に参加した以上、悪の組織が魔法少女のちゃんとした敵であるべきと思っている以上、放っておくこともできない。


 問題は――どうやってこの場を抜けるか。


 おなか痛いからトイレ、って言って抜け出す? それじゃあ乃亜のあさんをいつまで待たせるかわからない。

 急用ができた、ってことにしてお開きにする? なんだかウソっぽいよね。


 ううーん……。


 浮かんでくる案は、どれもしっくりこない。仮に名案が出てきても、ウソをつき通せる自信もないし。


 それに、


『私、ちーちゃんと話せてよかった』


 私のことをそんな風に言ってくれた乃亜さんに、今日のお出かけを変な形で終わらせるのは……なんだか嫌だ。せっかく話すことができて、この人なら仲良くできそうだと思えたのに。

 ああでも、このままだと間に合わなくなりそうだし……どうしたらいいの!?


「お待たせ―」


 心の中で悩みまくっていると、乃亜さんが席に戻ってきた。


「ついでにトイレも行ってきたんだけど、トイレ混んでてさ」

「あ、うん」


 席に座る乃亜さんを見て、私は唇をきゅっと結ぶ。こうなったら、もうウソっぽくても言うしかない。


 ごめんなさい急用ができた、ごめんなさい急用ができた、ごめんなさい急用ができた……。


 ええい、言うんだ西村にしむら千秋ちあき

 テーブルの下でこぶしを握り、少し渇いたのどをふりしぼって口を開きかけた瞬間、


「ごめんっ!」

「え……?」


 私は自分の目がまん丸になるのがわかった。


「ごめんっ。急用が入っちゃって……今日はこれでお開きで、いい?」


 まさかの乃亜さんからの提案? いや、私としては願ったり叶ったりだけど……。

 あれ? ちょっと待て? この状況、前にもあった気がする。

 うーん、いつだったっけ。

 いつのことだったかは忘れたけど、たしかにあった。こういう偶然って、重なるものなんだなあ。


 乃亜さんは、拝み倒すみたいに手を合わせて頭を下げてくる。


「私から誘ったのに、ほんとごめんね?」

「ぜ、ぜんぜんいいよ。私も今日、楽しかったし」


 それは紛れもない、私の気持ちだ。クラスの人と遊びにいくのはちょっと……だけど、乃亜さんと一緒にいられた今日は、間違いなく楽しくて、うれしくて、


「誘ってくれて……ありがとう」

「……」

「乃亜、さん?」

「……よかった、ちーちゃんがそう言ってくれて」


 ほ、と胸をなでおろす乃亜さん。


「あっ、こうしちゃいられないんだった! もう行かないと!」


 よほど急いでいるのか、ばたばたしながらカバンを持つ。そして流れるように「これ、私の分のごはん代」と言ってテーブルにお金を置いた。


「また絶対、ふたりで遊びにいこうね!」

「う、うん!」

「じゃあ、また学校でねー!」

「うん、また月曜に――」


 言い終わる前に、乃亜さんは手を振りながらファミレスから出ていってしまった。途端に、さっきまでは気にならなかった周囲の喧騒けんそうが耳に入り込んでくる。


「私も、行かなきゃ」


 ひとり残ったテーブル席で、私はベルから送られてきた位置情報をタップした。

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