第32話 踏み出せない

 試着室での「見せられないよ!」的な展開が思った以上に続いたあと、私たちは遅いお昼ごはんをファミレスで食べた。


「んー、おいしー」


 目の前では、デザートのチョコパフェにご満悦まんえつ乃亜のあさん。


「あれ? ちーちゃん元気ないね、疲れちゃった?」

「だ、大丈夫……」


 どっちかっていうと吸い取られた、っていう方が正しい。誰かと一緒に試着室とか、誰かにおっぱい揉まれたのなんて、初めてだったし。

 ちなみに下着は買ってない。お金がないのはもちろんだけど、あんなえっちな黒の下着なんて、買ったところで着る機会がない。というか黒はもうおなかいっぱい。


「それにしても映画、ほんとよかったね」

「!!」

「クライマックスのシーン、ぜんぶ最高でちょっと泣けちゃったよー」

「うん、うん!」


 まさにそのとおり! プリピュアのいいところは子どもだけじゃなくて大人も楽しめるようつくられてるところが、また最高なわけで。


「オリジナルキャラも、かわいかった」

「ほんとほんと! テレビシリーズにも出てきてほしいくらいだよ」

「だよね! 声もすごいマッチしてた」


 こうも感想が合うなんて。やっぱり乃亜さん、話を合わせてくれてるんじゃなくて、本当に魔法少女が好きなんだ。


「えへへ。趣味合うね、私たち」

「だね」


 乃亜さんの笑顔につられて、私も口もとがゆるむ。こんな風に誰かと好きなことを語り合うなんて、今までできなかったからなんだか新鮮だ。


「ふふ」


 と、乃亜さんは両手で頬杖ほおづえをついてこっちを見てくる。


「私、ちーちゃんと話せてよかった」

「そ、そう?」

「うん。ちーちゃんって学校ではいつも落ち着いてて、私は友だちとけっこうバカっぽい話してるでしょ? だから話が合わないかなーって思ってたの」

「別にそんなことは」


 ごめんなさい、正直ちょっとは思ってた。まあ、私が落ち着いてみえるのは単に陰キャで目立たず過ごそうとしているからなんだけど。


「だから、ちーちゃんも魔法少女が好きって知れて、うれしかった」

「乃亜さん……」

「こんな風に話して、仲良くなりたかったんだ」


 なんだか鼻のあたりがむずがゆい。

 スクールカースト上位で、私みたいな陰キャとは住む世界が違って交わることは決してない。そう思っていたけど、彼女は違うみたい。


「わ、私も、その……今日、乃亜さんと一緒に来れて、よかった」

「えへへー」


 趣味も合って、気遣ってくれて。ちょっとえっちなスキンシップはあるけど。

 こんな私にも仲良くしてくれるんだもん。

 乃亜さんとなら、仲良くなれそう。


「あ、そうだ」


 パフェを食べ終えた乃亜さんが顔を上げる。


「せっかく仲良くなれたんだし、また遊びにいこうよ」

「う、うん。もちろん」


 即答する。だけど、次に彼女が発した言葉で、


「今度は、クラスのみんなと一緒に、とかさ」


「え……」


 私の喉はつっかえた。


「クラスの……人たちと?」


 思い起こされるのは、教室で乃亜さんと話していたギャルっぽい陽キャの人たち。いや、それ以外にもクラスの人は何人もいるけど、みんな私と違って明るい子ばかりだ。


「ほら、ちーちゃんクラスみんなで遊びにいくのにも来れてなかったでしょ? だからそろそろどうかなーと思って」

「えと……」

「だいじょうぶ、緊張するのは最初だけだって。私がちゃんと紹介するからさ」

「その」


 乃亜さんがそう言うなら、きっと大丈夫なんだろう。案外すんなりと、打ち解けられるのかもしれない。

 でも……。


「私……」


 もし、魔法少女趣味がバレたら?

 そのことで、もしバカにされたら?

 乃亜さんまで一緒に、仲間外れにされたりしたら?

 私の、せいで。


 嫌な考えが、無限に湧き出てくる。


「……ちーちゃん?」

「あ、えっと」


 答えにきゅうしていると、乃亜さんは少しだけ眉尻を下げて、


「ダメそうなら、無理にと言わないよ?」

「うん……ごめん」


 ただの被害妄想にすぎないのかもしれない。けれど、私にとってはその一歩は、なまりがついたみたいに重くて、踏み出せない。


「……」

「……」


 訪れる沈黙。

 間違いなく私のせいだ。せっかく楽しく話せていたのに。仲良くなれそうだったのに。


「あれ、電話だ」


 乃亜さんがカバンからスマホを取り出す。まるで気まずい雰囲気を察したみたいなタイミングだ。


「ごめん、ちょっと出てくるね」

「う、うん」


 そう言って、席に私だけが残った直後、


 ブーッ! ブーッ!


「ひゃわっ」


 シンクロしたみたいに私のスマホも震えだす。LINE電話――こんな風に突然かかってくる相手を、私はひとりしか知らない。

 まったく、あのバカ猫。いつもいきなりすぎるのよ。


 文句を言ってやろう。そう思って、画面を確認することもなく応答ボタンを押す。


「ベル? いきなり電話は――」

『頼む! 今すぐ来てくれ!』

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