第29話 ふたりで見る映画

『子どもたちの優しい心につけこむなんて、許せない!』

『みんな、変身よ!』

『うん!』『わかったわ!』


 ふ……

 ふおおおおおお!!


 上映が始まって1時間ほど。私は何度目かわからない歓声を、心の中であげた。

 眼前の大画面の中を、きらめく魔法少女たちが飛び交っている。まさに大迫力。もし家で見ていたら、間違いなくガマンできずに声を出しちゃっているだろう。


 演出、音楽、ストーリー。どれをとっても前作と同じなんてことはない。プリピュアという作品は常に進化し続けている。それこそがプリピュアの魅力のひとつであり、だからこそファンはいつだってワクワクしている。


 乃亜のあさんは、どうなんだろ。


『私もね、好きなんだ。プリピュア』


 いつかの校舎裏でのカミングアウト。それがきっかけで、少し話をするようになって。こうして一緒に映画を見に来ている。


 別に、彼女の言葉がウソだと疑っているわけじゃない。

 だけど、まだ信じ切れていない自分がどこかにいる。クラスのアイドルで、私とは正反対で、日なたを生きているような乃亜さんが……子ども趣味である魔法少女のことが本当に好きなのか。


 ただクラスのみんなと仲良くするために、話を合わせてくれているんじゃないか。

 実のところ、そこまでプリピュアのことは好きじゃないんじゃないか。


 だからこのシーンを、魔法少女ファンならくぎづけになってしまうようなシーンを、夢崎ゆめさき乃亜という人間がどう見ているのかが気になった。


 そう思って、目線だけを横に向けると、


「……!」


 見えたのは、きらきら輝く瞳と、子どもみたいにほころんだ頬だった。

 うれしくて、楽しくて、画面から目が離せない。そんな言葉が、顔に書いてあるみたいだ。

 そんな顔を見せられたら、もう疑う余地なんてどこにもない。

 本当に、魔法少女が好き、なんだ。


『くっ……!』

『大丈夫!? ピュアレッド!』


 気づけば戦闘シーンは進み、敵側が優勢な状況になっていた。プリピュアたちは苦悶くもんの表情を浮かべている。


『ガーッハッハ! 今日がお前たちの命日だ、プリピュア!』

『今までやられた分、お返ししてやるわ! オーホッホッホ!』


 高笑いを飛ばす悪の組織の面々に対して、プリピュアは地面にひざをつく。お約束の劣勢れっせいシーン。このあとの展開がだいたい読めていても、私の両手にはじんわりと汗が浮かんできてしまう。


『どうするの? ピュアイエロー』

『でも、もうパワーが残ってないわ』

『このままじゃ……』


 まるで劇場がプリピュアの世界とつながっているみたいに、周囲の雰囲気も張り詰めたものになる。かすかだけど、小さな女の子の泣き声まで聞こえてくる。


『負けないで、プリピュア!』

『がんばれ!』


 すると、画面が切り替わって町の人たちが映った。子どもに大人、全員が声を上げて応援し始めた。そしてその声が、プリピュアたちのもとへと届く。


『……そうよ! 私たちは、負けるわけにはいかないわ!』

『みんなが応援してくれてる。こんなにもたくさんの人たちが!』

『ええ! 私たちの力は無限大よ!』

『力を貸して!』

『みんなのハニーステッキで、私たちにパワーを送ってちょうだい!』


 瞬間、


「プリピュア、がんばってえー!」

「がんばえー!」

「やっつけろー!」


 きた!


 劇場版プリピュアの最高にして最大のシーン。

 劇場がヒーローショーの観覧席みたいに、子どもたちの歓声があがる。合わせて、ペンライトのような小さな光が前後左右の座席から続々と浮かんでいく。


 光の正体は、来場者特典であるハニーステッキ――通称『ハニステ』。

 もともと小さな子どもたちが長時間の映画で飽きないようにするための対策だったけど、今やプリピュアの代名詞のひとつ。こうやってクライマックスの戦闘シーンで、見ている人が参加できるようにしているのだ。

 ちなみにハニステは、魔法少女プリピュアが使う変身道具にして武器だ。アニメだと杖のように長いけど、そこは子どもが使うことを考慮して手のひらサイズ。スイッチを入れるとぴかぴか光り出す。


「がんがえー!」

「プリピュアー!」

『感じる……みんなの力が!』

『このままパワーを送ってもらえれば、あいつらを倒せるわ!』


 うっ、うおおおおおお!!

 本当に劇場の子どもたちの応援で力を取り戻したみたいに立ち上がるプリピュアたち。

 これだよ! これが見たかった!


 ……まあ、さすがに私は声を出して応援できないけど。

 もちろん、劇場にはプリピュアファンしかいない。とはいえ、小さな子どもたちに混じって声を出して、光るハニステを振るのはさすがに……ね。


 と、思っていたのに、


「ちーちゃんは、応援しないの?」

「えっ」


 乃亜さん、本気で言ってる? だけど、彼女が握るハニステのスイッチはすでに入っている。


「せっかくなんだし、応援しようよ」

「で、でも、恥ずかしいし……」

「まだパワー足りてないみたいだよ? ちーちゃんの応援が必要なんだよきっと」

「うう……」

「ちっちゃな声でもいいからさ、一緒に応援、しよ?」


 にこり。まるで画面のプリピュアが出てきて、プリピュア本人にお願いされているみたい。こんなの、断れるわけなんてない。


「う、うん。それなら」


 緊張感がひっついた手で、カバンからハニステを取り出す。スイッチオン、そして顔を乃亜さんと見合わせ小さく「せーのっ」と合図してから、


「がんばれー」

「が、がんばって……」


 胸の前で、小さくハニステを振る。乃亜さんが振るそれとシンクロして、重なって見えて。

 ……きれい、だな。


『パワーがたまったわ!』

『ありがとう! みんな!』

『みんなの応援のおかげよ!』

「……!」

「ほら、ちーちゃんのおかげだよ」


 別にアニメだし、私がなにもしなくても話は変わらない。子どもじゃないんだし、そんなことわかりきっている。

 でも、一緒に戦っている気がして。私の応援が届いた気がして。


 画面の向こうでは、再び光に包まれたプリピュアたちが反撃に出ている。さっきまでの劣勢はどこへやら、だ。


「えへへ、私たちが応援したから、だね」

「……うん」


 誰かとの映画も悪くない、かも。

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