第30話 着るだけならタダ
「おもしろかったー!」
予想外の出来事もあったけど、私は無事映画を見終えることができた。隣では
「ほんとよかったね、ちーちゃん」
「うん……最高、だった」
映画のすばらしさは言わずもがな、まさに神作品と呼ぶにふさわしい。
まずはやっぱりキャラクター。メインキャラもさることながら、劇場版オリジナルのキャラクターがかわいすぎる。声優さんもマッチしていて、100点満点中120点。
あとは演出に音楽に、あとは作画も。CGも違和感なくてほんとよくて……あー、もう。今から2時間くらいは熱く語りたいくらいだ。
「ちーちゃん? ちーちゃんってば」
「えっ?」
「もー。さてはまだ映画から帰ってきてないなー?」
「ご、ごめん。なにか話してくれてたの?」
ぷう、と頬をふくらませる乃亜さんに平謝りしながら
「今ちょうど12時だから、お昼食べよっかなって」
「あ、うん」
「じゃーとりあえず下に行こっか」
映画館は7階、飲食店があるのは6階。乃亜さんの後ろに続く形で、エスカレーターでおりる……が、
「あはは、どのお店もいっぱいだねー」
さすがは休日のお昼どきと言うべきか、フロアにある飲食店には全部、店の外にはみ出すほどの列ができていた。これなら駅前にあるお店も同じ状況だろう。
「ど、どうしようか」
自慢じゃないけど、友だちと出かけた経験の少ない私にはいい案を出すノウハウはない。自慢じゃないけど!
「うーん」
乃亜さんはスマホを見ながら、考え込んでいる。直後、「あっ」と何か思いついたような笑顔をこっちに向けて、
「ねえちーちゃん。先に買い物してもいいかな?」
「え? あ、うん」
そういえば誘ってくれたときにそんなことを言っていた気がする。私みたいなオタクが乃亜さんの買い物に付き合えるほどのポテンシャルを持っている自信はこれっぽっちもないけど。
「私はいい、けど」
「よっし決まり! じゃー行こ?」
私が
「わっ、わわ」
「れっつごー」
そうして私が向かった(というより連れていかれた?)のは、エスカレーターでさらにフロアを2つほどおりた先――
女性服売り場だった。
「ちーちゃん、もう開けていい?」
「う、うん……」
答えると、間髪を入れずに試着室のカーテンが開く。
「わー、ちーちゃんかわいー! 似合ってるよ!」
そして、私が着ているのはTシャツにロングスカート……ではなく、フリフリのついた白と黒のワンピース。いわゆるゴスロリというやつだ。
「そ、そんなことないよ」
「ちーちゃんってば遠慮しちゃってー。かわいいんだから、もっと自信持ちなよー」
「か、かわっ!?」
そんなこと初めて言われた。思わず心臓がきゅっとなっちゃった。
乃亜さんの視線が恥ずかしくて、私はくるりと背を向ける。
「わ、私のより、乃亜さん、自分のやつを買いにきたんじゃないの?」
「もちろん見るよー。でも、せっかくふたりで買い物にきたんだもん。それに、ちーちゃんかわいいからいろんな服、似合うと思ってたんだよ」
またかわいいって言った!? お世辞でも陰キャには破壊力バツグンなんだってば!
「あっ、それともなにか気になる服とかあった?」
「いや、それは大丈夫だけど……」
そもそも服なんて生まれてこのかたぜんぜん気にしたことない。今日の服だって、お母さんが買ってきてくれたやつだし。
「じゃー思いきってたくさん着ちゃお! ほら、これとかもいいと思うんだけどね」
「ひっ」
ひいいいい! 許してええ!
30分後。
「いやー、満足満足」
ほくほく顔の乃亜さん。対照的に私はげっそりしている、たぶん。
結局、いったい何着を試着したんだろう。
小学生のころに遊んだ着せ替え人形は、きっとこんな気分だったんだろうなあ。
「ちーちゃんはホントになにも買わなくてよかったの?」
「うん。お金、あんまりないし」
正確に言えば、服につぎ込むお金がない、だ。服を買うくらいならプリピュアグッズを買う。
「それじゃー今度来たときは服、選びっこして買おうね?」
「え?」
「ねっ?」
「う、うん……」
有無を言わさずイエスと答えさせられた気がする。
「そろそろごはん、行く?」
このままいくと私の精神がすり減りそうだったので、話題を変えることにした。
「んー、まだ混んでるかもだね」
まだ1時にもなっていないから、混み具合はさほど変わっていないだろう。
「あっ、そうだ」
と、乃亜さんがまたしても声を上げて、
「私、もうひとつ行きたいところあるんだけど、いいかな?」
その笑顔がいつもの天使ではなく、どこか小悪魔っぽいそれに見えたのは私の気のせい……だよね?
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