第24話 欲を言えば3枚ほしかった
「……はい?」
防御姿勢をとろうとするホワイトリリーは、私が差し出したもの――色紙を見ると、
「あなた、今なんて?」
「その……サイン、ください!」
頭を下げて、もう一度言う。手には、正方形の厚い紙と、黒マジック。
心なしか、手はぷるぷるしている。当たり前だよ、今まで画面越しに見ることしかできなかった存在が、目の前にいるんだもん。
「えっと……私その、魔法少女のファンで……あの」
うう、もっと話したいことはいっぱいあるのに、緊張して何も言えない。
やっぱりこういうの、迷惑かな。
「……」
ちらり、と顔を上げれば、目を丸くしているホワイトリリー。
くりっとした瞳が色紙を、私を見つめる。
そして「ぷっ」と少しだけ笑ってから、
「いいよ。私のでよければ」
「ほっ、ほんとですか?」
「ほんと。だって、勇気出して言ってくれてるの、わかるから」
「よ、よかった~」
魔法少女は悪と闘う孤高の存在だから、断られても仕方ないと思ってたけど……ホワイトリリー、なんていい人!
「こういうの言われたことあんまりないから、うまく書けるか自信ないけど」
なんて言いながらも、受け取った色紙に流れるようにマジックを走らせていく。
「そうだ、あて名はどうする?」
「あて名?」
「うん。名前とか、ニックネームでもいいよ?」
「じゃあ、
「ん?」
「いや、あて名はなしで……」
「ん、わかった。ちょっと待ってね」
ホントのことを言えば、私の名前あてにしてほしい。世界でひとつだけの、私に向けたサイン。でも、今の私は悪の組織の一員。正体がバレないようにするためにも、欲は出せない。
それに「悪の組織へ」なんてあて名、さすがに魔法少女としては書けないだろうし。
「よし、できた」
時間にすればわずか数秒。ホワイトリリーが色紙を返してくれる。そこには♡マークつきの丸文字で、
「~~~~っ!」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございますっ!」
思わず、受け取ったそれをぎゅっと抱きしめる。
いやったあ! 夢にまで見た、本物の魔法少女のサイン!
「私のサインなんて、そんなに価値のあるものじゃないと思うよ?」
「そんなことないです! 家宝にします!」
「あはは、そこまでうれしそうにされると、なんだか照れるなあ」
ホワイトリリーが後頭部をかく。まぶしいくらいのブロンドヘアが揺れて、思わず見とれてしまう――
「あんさん、ちょっと待ちいな!」
地面の方から慌てたような声が聞こえた。ベルだ。
「悪の組織が魔法少女のサインもらうなんて、アカンで――」
「うっさい、黙ってて」
「ぶみゅ!」
もう一度しっぽを踏む。まったく、私を勝手に変身させた罰だ。
……まあ、変身状態だからサインお願いできたともいえるけど。でも絶対に感謝なんてしてやらない。
「そっか。あなた、悪の組織の人なんだったよね」
「えっ」
見れば、ホワイトリリーは少しだけ悲しそうな顔をしている。
「いやっ、私はその、別に好きでやってるわけじゃあ」
「聞いて驚けホワイトリリー! こいつこそオレらの真の最終兵器――」
「ベルうっさい!!」
「ぶるにゃあっ!」
飛び上がってくるベルをはたき落とした。動物虐待? こいつにはそんなの関係ない。
「ねえ」
「はっ、はい」
「……魔法少女は、好き?」
「はっ、はい! もちろんです! 大好きです!」
信じてもらえるかはわからないけど、力強く何度もうなずく。
「……そっか」
私の必死の思いが通じたのかはわからないけど、ホワイトリリーは目を落とし、腰についた純白の大きなリボンを指でいじっている。
「あなたが敵じゃなかったらよかったのにね」
「え……」
それって、どういう――
「!!」
ことですか? と
「ど、どうかしたんですか?」
「う、ううん。なんでもない」
なんでもないようには見えない。慌ててる?
「いよっと」
ふわり、とまったく助走もつけずに宙に浮く。近くに男の子たちがいるのに、パンツが見えそうなことをまったく気にもせず。そして、
「えいっ!」
かわいらしいかけ声が聞こえたかと思えば、彼女の指先が光り輝き、ビームとなって飛んでいって、
「ばがああああっ!!」
ちゅどーん!
以前にも聞いたことのある安っぽい爆発音。それに断末魔。確認するまでもなく、怪人がやられたことを意味するものだ。ていうかまだいたんだ怪人。
気がつけば、ホワイトリリーはどうがんばっても手の届かない高さにふわふわと浮いている。
「あのっ」
「今日はあなたに会えてよかった。これからも応援してね」
「は、はいっ!」
「あとベル! いい子なんだし、変なことさせちゃダメだからね!」
びしっ、と近くでのびているベルを指さすと、直後、周囲がまばゆい光に包まれる。
光が消えるまで、ほとんど一瞬。
「……いない?」
だけど私が目を開けるころには、純白の少女の姿はどこにもなかった。
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