第23話 見えるエロより見えないエロ

 光が消え視界が元に戻ると、その場にいた全員が私を見ていた。


「……」

「……」

「……」


 子どもたち、大人たち。そして、ホワイトリリー。


「はっ!」


 すぐさま私は回れ右して、自分の姿を確認する。

 身体をすっぽり包むのは、真っ黒なマント。ただし。


「……やっぱり」


 マントを少しめくってその下を見ると、アイドルも真っ青な面積の少ない黒ビキニ。それ以外には肌色しか見えない。前に変身したときとまったく同じだった。


「おお! 今回も一発で成功や! やっぱあんさんは素質あるで!」

「うっさい! こんな人前で変身させて……もう出歩けないじゃない!」


 この前と違って、今日は現在進行形で見られてしまっている。ああ、これから変態JCとして生きていくことになるんだ……。


「そこは心配せんでええで。変身の力で正体はバレへんようになってるからな」

「じゃあ安心……ってそんなわけないでしょ!」


 バレないからってこのんでこんなエッチな恰好かっこうするわけないでしょ! これじゃただの痴女ちじょじゃん!

 まあ不幸中の幸いか、今日は風も吹いていないからマントがめくれる心配はない。うっかりマントの下のビキニ姿をさらしてしまう、なんてことはなさそうだ。


 変身の光で注目は集めちゃったけど、さっさとこの場を離れて変身を解けば――


「うおおおおお!」


 私の思考を遮るように聞こえてきたのは、子どもたちの歓喜かんきが混じった声だった。歓喜?


「なんかあのねーちゃん、エロくね!?」

「……へ?」


 なんだって?


「だよな! こっちの白いねーちゃんより断然エロい!」

「なっ」

「見えない中にエロスを感じるぜ!」

「マントの下、素っ裸なんじゃねーの?」

「行ってみようぜ!」


 えっ……ええええええ!?


「あっ! ちょっと君たち、待ちなさい!」


 どたどたどた。ホワイトリリーの制止も聞かずに、男の子たちは一目散に私の方へと駆け寄ってくる。

 サッカー教室できたえているからか、みんな足が速い。逃げる間もなく、私は囲まれてしまった。


「なーなー、ねーちゃんはどっちの味方なんだー?」

「そのマント、かっこいー!」

「マントの下、どうなってんだ? 見せてくれよー」

「え、あ、そ、その」


 あーもう、子どもって人の話を聞こうとしないからニガテだ。なんで好奇心のままに行動しようとするんだ。


「よーし、みんなでめくって確かめてみようぜ!」

「え?」


 気がつけば数人の手によってマントの端がつかまれているではないか。


「さんせー!」

「エロ本見るみたいでなんかドキドキするな!」


 い、いやいやいや! それだけは待って!


「こ、こら。これはめくっちゃダメ……」


 見えちゃう、見えちゃうから!


「せーのっ」


 だっ、だめええええ!!


「ちょっと待ちなさい!」


 太ももまでめくれ上がっただろうか、間一髪というところで、天使――もとい、ホワイトリリーが子どもたちの背後までやってきて声を上げた。


「みんな、危ないから離れて!」


 そう言って、子どもたちを私から遠ざける。

 た、助かった……。


「なんだよー。もうちょっとで見れたのにー」

「おねーちゃんのパンツはもういいってのー」

「こら! 女の子の下着をそんな風に言わないの!」


 そうだそうだ! 魔法少女のパンツは高尚こうしょうなものなんだぞ!


「さっきの怪人の仲間かもしれないから、私の後ろに――って、あら?」


 ホワイトリリーが私の方を見て、声のトーンを変える。


「あなた、たしか前に……」

「あはは、どうも……」


 私のことを憶えているような口ぶり。うれしいうれしい! ……まあ悪の組織側の人間で、変身したこんな姿をしてる変な人って認識なんだろうけど。


「なーっはっは! ここで会ったが百年目やホワイトリリー! 今日こそぎゃふんと言わせたるで!」

「あんたは黙ってて!」

「ぶにゃ!」


 高笑いするベルのしっぽを踏んづける。こいつがいると、話をややこしくするだけだ。


 そうだ、思い出せ西村にしむら千秋ちあき

 自分が何をしたいのかを。

 ホワイトリリーにもう一度会えたら、何をすべきなのかを。


「……あの」


 ふう、とひとつ息を吐いて、それから一歩、近づく。


「くっ」


 間合いに入ってこられて危機感を覚えたようで、ホワイトリリーが私から距離を取ろうとする。しかし、背後に子どもたちがいるせいで、身動きがとれない。


 今しかない!

 これを逃せば、もう二度とチャンスはやってこないかもしれない。覚悟を決めろ、西村千秋!

 私はホワイトリリーに逃げられないよう、今までの人生で一番素早く動く。


 そして、マントの下に持っていたある物を取り出して――


「サインください」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る