第21話 私はてりやきバーガー派

 スポーツ公園。

 ベルから言われたその場所は、中学校からバスを乗り継いで20分くらいのところにあった。


 文字どおりいろんなスポーツ大会の会場にもなったりしているみたいだから、運動部の人なら来たことはあるんだろうけど、生憎あいにくと私はインドア派。来るのは初めてだ。

 それでもスマホひとつで迷わず来れるんだもん、便利な時代だよね。


「って、広っ」


 バスから降りた私を、一面芝生しばふの広場が出迎える。すぐ近くには大きな体育館、少し離れたところにはグラウンドも見える。こんなに広かったなんて。これじゃあどこに行けばいいのか見当もつかない。

 とりあえず、いてみるしかないよね。


『着いたけど、どこに行けばいいの』


 ベルにLINEをしようとした瞬間、


「きゃああああっ!!」


 悲鳴のような声が聞こえてくる。グラウンドの方からだ。


「うわあああっ!」

「なんだあっ!?」


 立て続けに、何人もの困惑したような声。突如訪れる混沌こんとん。間違いない。初めてベルに呼ばれたときと同じだ。

 怪人が、いる!


 悲鳴のもとへと、私は一目散に駆けつける――なんてことはなく。


「……ふう、ふう」


 5分くらいかけて、ようやくグラウンドの近くまでやってきた。え? 時間かかりすぎ? 当たり前じゃん! だから私はインドア派なんだって!

 ……まあ、小学生のときはもう少し走れていたような気もするけど。これが老化ってやつなのかな?


 荒くなった息を整えながらフェンスをくぐって、グラウンドへと足を踏み入れる。すると、


「ハーン、バーガー!!」


 奇妙な鳴き声(セリフ?)のとおり、ハンバーガーからにょっきり手足の生えた怪人が、マッスルポーズをしながらグラウンドの真ん中に立っていた。

 その近くには、小学生くらいの男の子たちと、数人の大人。ちょうどサッカー教室をやっていたみたいだ。


「バーガッガッガッガー! 俺サマはメシを食うヒマもないやつらの味方バガー! みんなファストフード漬けになってしまえバガー!」

「……」


 なんだろう。この前のチューハイ怪人といい、やけに仕事に忙しい人の肩を持つタイプの怪人ばっかりだ。あれかな、やっぱり悪の組織がブラック企業だから、怪人にもその色が出ちゃってるのかな。


「なっ、なんだこいつは!」

「危ないから早く逃げなさい!」


 大人たちが子どもたちを守るようにして、怪人の前に立ちはだかる、が。


「わー! かっけー!」

「ハンバーガーだ! すげー!」


 親の心子知らず、とはこのことかとばかりに、好奇心旺盛おうせいな男の子たちは怪人に興味津々な様子。するりと大人たちの間をすり抜けると、


「なーなー、お前おいしいのか?」

「ハンバーガーくれよ! かーちゃん買ってくれねーんだよ」

「俺、チーズバーガーが食べたい!」


 怪人をにぎやかに囲む。さすが小学生、恐れを知らないというか。


「バーガッガッガッガー! お前たちは将来有望だバガー! ファストフードばかり食べるような大人になるんだバガー!」

「「「バガー!」」」


 怪人の口グセを真似する男の子たち。一見すると、キモカワイイキャラクターが子どもたちに人気を博しているようなほほえましい光景――


 って、遠くから見守ってる場合じゃない!


 あれはマスコットなんかじゃなくて怪人なんだ! 子どもたちにどんな悪影響があるかわからない。


 私はメガネを指で直し、周囲を見渡す。前のときと同じなら、きっとアイツは近くで見ているはず。広場の方? それともグラウンドのどこか――いた!

 見つけた小さな黒いシルエットに向かって駆け寄ると、それはやけにテンション高めにぴょこぴょことしっぽを動かしていた。


「なーはっはっは! その調子や!」

「……」

「そのままみんなハンバーガー中毒にしてしまえ――」ぎゅむむむ。「いててて! なにすんねん……ってなんや、あんさんか」


 黒いシルエット――ベルはしっぽをつままれて怒るも、相手が私だと知ると「はあ」とわざとらしく息を吐いて、


「遅すぎやで。何してたんや」

「いきなり集合って言われてすぐ来れるわけないでしょ」


 たまたま学校から近かったからよかったけど。


「ミカさんとか、他の人たちは?」

「いんや、あんさんが一番乗りや。ほんま、全員たるんどるで」


 いやいや、ちょっと待て。


「この間言わなかったっけ?」

「なんのことや」

「計画的に、予定を立ててって」


 つい先日のことだ。忘れたとは言わせない。


「もちろん、覚えてるで」

「だったら」

「だから会議はいきなりやったりしてへんやろ?」

「はい?」


 ベルは後ろ脚で立つと、得意げに胸を張って、


「あんさんが言うから、作戦会議・・・・は前もって連絡することにしたんや!」


 そして「ちっちっち」と器用に前足を振る。


「でも今日は会議と違う、実戦や」


 実戦は、会議とは違うやろ? なんて自信満々に言う。


 いやいやいや。


「あのさベル」

「なんや」

「怪人を暴れさせるのをいきなりにしたら、意味なくない?」

「なんでや?」


 ほんとにわかってないの?


「ホワイトリリーの意表を突くのにこれ以上の手はないやろ」

味方私たちの意表まで突いてどうするのよ!」


 現に悪の組織のメンバーは、ぜんぜんそろっていない。


「これじゃあ、魔法少女の方が早く来ちゃうじゃない!」

「あっ……」


 ようやく理解したみたいで、目を丸くするベル。

 そして数秒の硬直のあと、


「ほんまや!」


 その場で頭を抱えだした。


「どないしよ!」

「そんなの知らないわよ!」


 みんなの都合も訊かずにいきなり集合って言ったのはあんたでしょうが。


「怪人だけやと、またこの間みたいに簡単にやられてまうから集合かけたのに!」

「だからその集合がいきなりすぎるんだってば!」


 みんなベルみたいにヒマなわけじゃない。


「せっかくここまでは順調やのにまたやられてしまう……せや! あんさんが変身して――」

「絶っっっ対にイヤ!」


 悪の組織の一員になることはやむなく了承したけど、変身するのはまったく別の話。あんな恥ずかしい格好、絶対にしないんだから。


「むむむ……」


 私の周りをぐるぐるまわりながら、ベルがうなる。


「こうなったらひとまず怪人を回収してまた別の場所で――」


「そこの怪人! 子どもたちから離れなさい!」


 だけど、時すでに遅し。

 んだ声が、空から聞こえる。私とベルはそろって見上げる。

 宙を舞うのは、リボンのついた純白の衣装に、輝くブロンドヘア。一度見たら忘れられない、妖精みたいな美しさ。


 私たち悪の組織の敵にして正義の味方。

 魔法少女、ホワイトリリーがいた。

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