第20話 映画って、ひとりで行くものじゃないの?
「あ、いたいた。ちーちゃん」
放課後。日直日誌を書き終えて、ひと息ついたところで声をかけられた。
「
私のことをそう呼ぶのはひとりしかいない。
乃亜さんとは「魔法少女好き」カミングアウト以降、とくに会話をしていない。本当に魔法少女好きなのか半信半疑なところもあったし、乃亜さんから話しかけてくることもなかったし。
「よかったーまだ学校に残ってて。そっか、ちーちゃん今日は日直だったね」
「う、うん」
「ってあれ? 日直って2人じゃなかったっけ?」
「あー、うん。なんか用事あるみたいだったから」
ま、ホントのところは押しつけられたんだけど。どうせ陰キャの私になら推しつけても文句は言われないと踏んだんだろう。
べつにいいけどね。
「……ちーちゃん、えらいね」
「え?」
ふわりと茶髪のポニーテールを揺らしながら、乃亜さんがほほ笑む。
「そ、そんなことないよ。普通に日直してるだけだし」
クラスの人気者は私みたいな日陰者にまでやさしくして大変だな、なんて思っちゃうのは私がひねくれているからだろう。
「そういえば、どうかしたの?」
わざわざ教室に戻ってきてまで。
私を探してくれた? いやいやまさか。
「えへへー」
クラスの男子なら一撃で
「ちーちゃんも知ってると思うけど、週末からこれ、始まるでしょ?」
映っているのは、かわいい女の子が何人も描かれた、キラキラとしたイラスト。知らないはずがない、魔法少女プリピュアの劇場版イラストだ。
乃亜さんの言うとおり、週末からロードショーとなるその作品を、心待ちにしていた。前売り券も買ったし劇場特典も全部チェック済みだし。うっとうしいベルの相手を我慢できていたというのも、この存在が大きい。
「よかったら、一緒に見に行かないかなーと思って」
「え……え!?」
今、なんて言った?
プリピュアの映画を?
一緒に?
誰と誰が?
私と、乃亜さんが!?
「な、なななんで私と?」
「なんでも何も、この前言ったじゃん。私もプリピュア大好きだって。ちーちゃんも好きでしょ?」
「え、えと……」
目が回りそうになる。私にとって魔法少女趣味は、ひとりでひっそりと楽しむもの。誰かと共有したりしないもの。
そりゃあできれば好きなものを話せる相手がほしいと思ったこともあるけど……。
「ダメ、かな……?」
不安そうな表情、そして瞳を潤ませながらこっちを見てくる。うう、こんな風に迫られたら……
「う、ううん。ダメ、じゃない」
「ほんと!?」
「わ、私でよければ、だけど」
「わーい! ありがとちーちゃん!」
むぎゅぎゅ!
私だけが座っていたから、顔がちょうど乃亜さんの胸のあたりにくる。ほどよいやわらかさと、あたたかさ。クラスでいちばんかわいいと言っても過言ではない乃亜さんの胸を
っていうかめっちゃいい匂い! ほんとに私と同じ女の子!?
「あっ、ごめんね? うれしくてつい」
「へっ? い、いいよ、気にしないで! むしろごちそうさまっていうか」
「ごちそうさま?」
「あっ、ううん! なんでもない!」
いけない、つい本音が出てしまった。
「それで、待ち合わせとかいろいろ相談したいんだけど、ちーちゃんのLINE、教えてもらえないかな」
「わ、私の?」
「うん、学校だけだと話す時間あんまりないかもしれないでしょ?」
「そ、そうだね」
ポケットからスマホを取り出して、LINEを起動させる。乃亜さんが私のQRコードを読み取ると、すぐさま新しい友だち「乃亜☆」さんからメッセージが届いた。
『映画、楽しみだね! よろしくね!』
「……」
なんだろう。男子ならきっと
「よかったらさ、映画のあとに買い物とか行かない?」
「え?」
「せっかく出かけるんだもん。行こうよ」
「わ、私はいいけど……」
「えへへー、決まり。私が行きたいのはね――」
と、スマホのバイブ音が聞こえてくる。乃亜さんのからだった。
「あ、ごめん電話だ。ちょっと待っててね」
「う、うん」
そそくさと教室から出ていく。
すると間髪を入れずに、私のスマホも震えだした。
誰だろ――
「げっ」
ついさっき乃亜さんのいい匂いで癒された安らぎはどこへやら。一瞬でうんざりとした空気が私を包む。
LINEメッセージ。差出人は言うまでもなくベル。宛先は、悪の組織のグループLINEだった。
『全員、今すぐにスポーツ公園に集合!!』
「……」
無視して行かないことは簡単。だけど、「既読」をつけてしまった今、行かなければ社会的な死が待っている。乃亜さんが同じ同志だったのは不幸中の幸いだけど、誰もが魔法少女趣味を受け入れてくれるわけじゃない。
仕方ない、か。
乃亜さんが戻ってきたら用事があると適当に言ってスポーツ公園に向かおう。
するとちょうど乃亜さんが電話を終えたのか戻ってくる。
「あ、あの乃亜さ――」
「ごめんちーちゃん! 急に用事ができちゃって、すぐ行かなきゃいけなくなったの!」
「――え?」
私が言おうとしたセリフを先に言われた? あれ?
「せっかくお話してたのに、ごめんね?」
「いや、私はべつにいいけど……」
「また夜にLINEするから! ほんとごめんねー!」
ぱたぱたと急ぎ足で、教室を出ていく乃亜さん。残されたのは私ひとり。
珍しく、慌ててたなあ。
少なくとも、今まで見たことはなかった。それだけ急ぎの用事ってことなんだろうか。
「って、私も急がなきゃ」
あんまり遅くなってベルが私の秘密をバラしたら元も子もない。
まるで乃亜さんの後を追うように、私も急いで教室を出た。
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