第12話 上司への報告が一番緊張するってお父さんも言ってた

「ボスのお出ましや」


 ベルがそう言った瞬間、部屋の中が真っ暗になった。


「な、なに?」


 まだ午前中なのに、さっきまで窓ガラスから日の光が入ってきていたのに。壁も窓も扉も床も、真っ黒に染まっている。


「一同せいれーつ!」

「キ――ッ!」


 ベルの声が響くと、戦闘員さんたちが横一列に並ぶ。気がつけば、ハカセも列に加わっている。

 全員が見つめるのは、真っ黒な壁。


 その壁が、突如とつじょ怪しく光だした。


「オレらのボスのお出ましや。あんさんも整列しとき」


 ひそひそ声でベルが言ってくるので、ハカセの隣に移動する。


 ボス、ということは、悪の組織のトップ。魔法少女の真の敵。

 怪しい光は紫色になり、大きな円を描く。そして、円の中の空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、黒いシルエットが映し出された。


『……現在の状況は?』


 こもった声が、シルエットから聞こえてくる。まるで、脳に直接響いてくるようだった。


「は、現在も怪人を作成し、魔法少女と戦闘を繰り広げております!」


 ボスからの問いかけに答えるのはベル。いつもの関西弁はすっかり影をひそめ、緊張しているのが手に取るようにわかった。


『……それはよい。それで、成果は?』

「それは……」


 口ごもるベル。当然だ、この間の戦闘だって、怪人をホワイトリリーにこてんぱんにされていたんだし。順調ですなんて言えるわけないだろう。


「しっ、しかし! 強力な仲間を新たに加えました!」


 は? え?


『ほう……』

「こちらがその新戦力になります!」


 びし、と首を曲げてこちらを見てくる。当然、ボスの興味もこちらに移ってくる。


『ふむ……』


 私の方を見ているのだろうけど、いかんせん真っ黒なシルエットなので動きがない。それでもじっと見られているのは肌で感じる。冷や汗が、ほおをゆっくりと伝った。


『……よいな。力にあふれておる』

「は、この者には私めの力の大部分を注ぎましたので」

『ではこれから、魔法少女との対決に向けて動くというのだな?』

「もちろんでございます!」


 え、私そんなのまったく聞いてないんだけど。


『では励むがよい。次の報告を期待しておるぞ……』

「「「は!」」」


 ベルにハカセさん、それに戦闘員さんが声をそろえて礼をする。なにがなんだかわからないけど、とりあえず私も遅れて頭を下げた。


 すると、暗闇が晴れていく。黒く塗りつぶされていた窓ガラスからも陽光が差し込み、部屋の中が元の明るさを取り戻していった。


「は~~~~っ、危なかったで」


 長く息をいて、ベルが机の上に座り込んだ。戦闘員さんも緊張から解かれたのか、姿勢を楽にしている。


「いや~、あんさんがいてくれて助かったで。あやうくお仕置きされるところやったわ」

「ちょっと待って。今日呼んだのって、まさかこのため?」


 紹介とかなんとか都合のいいこと言っといて、結局はボスへの報告のダシに使われたってこと?


「ま、まーまー、そう怒んなや。紹介したかったってのはホンマやねんから」

「ベ~ル~?」


 無理やり組織の一員にされたことといい、やっぱり腹立ってきた。ボスの代わりに私がお仕置きしてやろうか。


「ほっほっほ。千秋ちあき殿よ、その辺で許してやってはくれぬか」


 笑って話しかけてきたのは、ハカセさんだ。


「なあに、ベル殿も必死なのじゃよ。この組織の存続のためにな」

「はあ……」

「それよりも、じゃ」

「うわっ」


 ずずい、とハカセさんが詰め寄ってくる。


「君も変身できるんじゃろ?」

「あ、はい」


 ん? この人今……


「「も」ってことは、ハカセさんもなんですか?」

「そうじゃとも。ワシはすでに変身した姿じゃがの」


 その場でおじいさんには似つかわしくない華麗かれいなターンを決める。変身してるってことは、本当の姿はおじいさんじゃなかったりするのかな。変身した姿がおじいさんっていうのも変だけど。


「ワシのことはいいんじゃよ。それで、千秋殿の変身した姿を見せてはくれぬか?」

「変身した姿……って、ええええ?」

「なんじゃ、ダメかの?」

「ダッ、ダメです!」


 あんな姿、もう二度となりたくない。あんな恥ずかしい思い、この前だけで十分だ。


「ええやんか。あんさんにはこれからいっぱい変身して戦ってもらうんやさかい」

「アンタはちょっと黙ってて」

「なんでや――ぶにゅ」


 隣でうるさい黒猫のヒゲをつまんでやる。


「まあ、嫌なら無理いはせんがの」


 あっさり諦めてくれるハカセ。やっぱり常識人だ、この人。


「ていうか、もう用も済んだなら帰りますよ私」


 ひととおり自己紹介もしたし、ボスへの報告のダシにも使われた。文句は言わせない。

 それに今の私にはプリピュアを見直すという重大な使命がある。


「あー、せやせや」

「まだなにかあるの?」


 エレベーターに乗ろうとドアをひねったとき、ベルが呼び止める。


「今日、夕方6時にまた集合な」

「はい?」


 このに及んでまた来いって? それも夕方に?

 まさか……。


「私をホワイトリリーと戦わせる、とかじゃないよね?」


 もしそうなら、まっぴらごめんだ。悪の組織の一員になることは了承したけど、ホワイトリリーと戦うこと――あの恥ずかしい姿になることは絶対に嫌だ。

 が、意外にもベルはきょとんとした顔をして、


「違う違う。そらいずれは戦ってもらいたいけど、今日は準備もできてないしな」

「じゃあなんで――」


「もちろん、あんさんの歓迎会かんげいかいや」

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