第11話 アジトとオフィスは紙一重?

「ここ、だよね……」


 日曜日。1週間唯一の楽しみ、朝9時からのプリピュアをテレビにかじりついて見た後、私はとある雑居ざっきょビルの前に立っていた。

 ほんとならあと3回は見返したかったのに……。今日のは神回だったし。


 内心そんな愚痴をこぼしながら、スマホをタップする。画面には、私がこの場に立っている原因――ベルとのLINE。


 ベル『仲間に紹介するから、日曜にアジトに来てや』


 そんなメッセージのあとには、この場所の位置情報。


 アジト、ねえ。

 たしかに悪の組織にアジトはつきものだけど。

 正直、気は進まない。仮に私が魔法少女だったら、敵の本陣として意気揚々と乗り込んでいくんだろうけど、今の私の立場は真逆。


「でも無視するわけにもいかないし……」


 魔法少女オタクという秘密をベルに握られている以上、私は悪の組織をやめることはできない。ゆえに、拒否権はない。

 そんなわけで渋々しぶしぶやってきたわけだが。


「ほんとにここで合ってるのかな」


 目の前にそびえる4階建ての雑居ビル。私が疑ってしまうのは、その見た目にあった。


 ひとことで言えば、オンボロ。駅から少し離れている立地のせいで人通りは少なく、そのさびれ具合に拍車をかけていた。クリーム色の壁はいたるところで塗装ががれ、窓ガラスには所々ヒビが入っている。

 魔法少女の敵たる悪の組織が、こんな廃墟を本拠地にしているとは思いたくないけど……。


 いやいや、実は地下にすごい秘密基地があるかもしれないし。ボロく見えるのは魔法少女の目をあざむくためかもしれないし。

 そう言い聞かせて、ビルの入口に近づく。あ、ベルに着いたって連絡した方がいいかな。もし地下に秘密基地、とかなら普通には入れないようにしてるだろうし。

 なんて考えながら入口の案内板に目をやると、


 4階:(株)悪の組織


「まんまかよっ!」


 思わず声に出ちゃった。

 え、こんなどストレートに名前出しちゃってていいの? 仮にも魔法少女と敵対する一大組織のアジトなんでしょ?

 ていうか、悪の組織って株式会社なんだ。


「もう帰りたい……」


 私の予想を悪い方に裏切ってくれるので、ため息がれそうになる。ちょっとでも期待した数分前の私を殴ってやりたい。


 でも帰ったら、私の秘密が……。

 う~ん……。


「なんじゃ、入らんのか?」

「ひゃあっ!」


 不意に背後からかけられた声に、飛び上がりそうになる。

 慌てて回れ右すると、そこには白衣姿のおじいさんがいた。


「あ、えっと……その……」


 誰なんだろ、この人。ぐるぐるメガネに、つるつる頭にたっぷりの白いひげ。加えて白衣となれは、いかにも怪しい風貌ふうぼうだ。いやでもこの場合私の方が怪しく見えるのかも。こんなオンボロビルの前でうろうろしてるんだし。


「うぬ? 大丈夫かの?」

「ひゃっ」

「おーおー、驚かせしまったようじゃな。いやーすまんすまん」


 おじいさんはピカリと光る頭をかいて笑う。


「君がベル殿の言っておった新しい仲間じゃな?」

「え?」

「話は聞いておるよ。予想以上にかわいい子じゃのう。ほっほっほ」


 おじいさんは冗談めかして笑うと、私の手を引いて、


「まあ立ち話もなんじゃ。入りたまえ」

「あ、ちょ――」


 私の言葉を聞かぬまま、ぐいぐいとビルの中に引っ張っていく。ていうか見た目に反してすごい力強いんだけど! よぼよぼで腰の曲がったおじいちゃんとは思えない足取りの軽さだし!


 あれよあれよと言う間にエレベーターに乗せられ、4階へ。チン、と扉が開くと、眼前には『(株)悪の組織』と書かれた扉。


「さ、ここじゃ」


 言って、鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌な様子で、扉を開け中に入っていく。ここまで来たらもう諦めるしかない、か。

 半分ヤケになりながら、私も扉をくぐる。と。


「……普通だ」


 私の第一声は、そんな感想だった。

 いくら株式会社をうたっていても、悪の組織。中はどんなおどろおどろしいアジトになっているかわかったもんじゃない。そう身構えていたのに。


 部屋の中は、どこにでもあるオフィスだった。

 グレーのデスク4つで形成された島が2つ。壁際にはこれまた無骨な金属製の棚が並んでいる。

 どこからどう見ても、一般的な会社にしか見えない。

 もしかして場所を間違えた? いやいや、でも悪の組織なんて馬鹿げた名前、他にないだろうし……。


「お~い、連れてきたぞ~」


 混乱していると、おじいさんが声を上げる。すると。


「なんや、一緒やったんか」


 ひょい、と机の影から見知った黒猫が姿を現す。ベルだ。

 軽い身のこなしで机の上を飛び、私たちの前までやってくる。


「遅いから来んのかと思ったで」

「来なかったらバラすつもりのくせに」

「わかっとるんやん」


 にしし、と笑うとおじいさんの方を向き直る。


「ハカセ、わかっとるやろうけど、コイツが新しい仲間や」

「ほっほっほ、こんな美少女を捕まえてくるとは、ベル殿にしては気が利きますなあ」

「びっ!?」


 からかうのでもやめてほしい。そんなの生まれてこのかた言われたことないのに。


 ハカセ、と呼ばれたおじいさんは、にこやかな顔で、手を差し出してくる。


「ワシはハカセ。この『悪の組織』で怪人開発を担当しておるんじゃ」

「ど、どうも。西村にしむら千秋ちあき……です」


 手を出すと、がしっと握られ握手の形になる。


「あの、この組織って、ベルとハカセさんだけなんですか?」

「んなことあるかいな。みんな出てきいや」

「キ――ッ!」


 しゅばばばっ!

 ベルの一声で、机の裏からいくつもの影が飛び出してくる。真っ黒な人影――それもそのはず、出てきた人たちはみな、全身真っ黒なタイツに身を包んでいたからだ。


「キ――ッ!」

「きゃっ」


 ぱんぱんぱん!


 乾いた音がいくつも響く。身をすくめた直後、カラフルな紙が頭に降りかかってきた。そこでようやく、それの正体がクラッカーだとわかった。

 紙まみれになった私の前で、ベルは二本足で立つと、


「あらためて、ようこそ『悪の組織』へ! 歓迎するで!」

「キ――ッ!」


 後ろで小躍こおどりを始める黒タイツ。合計3人。この人たち……の正体は、聞かなくてもなんとなくわかった。だけど、一応聞いておかないと話が前に進まないような気がしたので聞くことにする。


「あの、後ろの人たちって、戦闘員、とかですか?」

「さすが、オレが見込んだだけあって飲み込みが早くて助かるわ。せやで、アイツらはこの組織における戦闘員や。ハカセが作る怪人のサポートとかいろいろやってくれてんねん」

「キ――ッ!」

「は、はあ……」


 チームワークというか、ノリのよさがすごい。なんか悪の組織なんて言いつつも、アットホームなとこだなあ。なんて考えていると。


 突然、部屋の中が真っ暗に。


「え? いきなりなに?」


 慌てる私をよそに、ベルは珍しく緊張きんちょうしたような口調で、こう言った。


「ボスのお出ましや」

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