第1章

第1話 私の好きなものと、私の秘密

 人には誰だって、秘密がある。


 エライ政治家にだって、仕事漬けのサラリーマンにだって、テレビで人気のアイドルにだって。


 そう誰だって、だ。

 だから私にだって。


 毎朝お母さんに起こされる平凡な女子中学生の私、西村にしむら千秋ちあきにだって、秘密はある。



「こちら、ご予約の商品になります」


 放課後、私が一目散に訪れたのは、駅前にある青い看板が目印のお店。


 そう、アニメイト。

 この町にある、唯一のオタク系ショップだ。


 握りしめるのは、レジで店員さんから受け取った、これまた真っ青な袋。


「……ふふ」


 自ずと顔がにやけてしまう。だって仕方ない。

 なんてったって、プリピュアの新作主題歌CD、その初回限定版なのだから!


 プリピュア――魔法少女プリティーピュア。誰もが名前くらいは聞いたことのある、魔法少女アニメ。ニチアサの代名詞とも言われている、大人気作品。


 何を隠そう、私は魔法少女が大好きだ! 好きで好きで仕方がない。

 あのキラキラしたキャラクターと世界と出会った瞬間に魅入みいられ、没頭。今ではすっかりオタクと称されるほどになった。その証拠に、過去に放送された作品はすべて片っ端から視聴し、限定品があればこうして予約して必ず手に入れる。


 だけど。


 それは、誰にも話したことのない――隠れた趣味。秘密。


 当たり前だ。中学生にもなって魔法少女が好きだなんて、バレたらどうなることか。

 陰キャの私は言うまでもなく、クラスのスクールカーストの最底辺。そんな私が魔法少女オタクだってことが、もしバレたら。


 うう、想像しただけでツラい。きっとすぐさまクラスの頂点にいるギャルのグループに伝わって、笑われる毎日が待っている。

 JCの世界では「オタク=キモい」の方程式はどんな数学の公式よりも確かなのだ。


 だから、お店を出るときだって、細心の注意を払わないといけない。ここは中学校の通学路なのだ。もし誰かに見られたりしたらそのときは終わりだ――


「あっ」


 うわさをすれば、というやつなんだろうか。私の視界に、人影が映った。

 アニメイトのガラス扉から見える歩道を歩いているのはクラスメイトだった。うわ、しかもスクールカースト最上位のギャル集団じゃん。


「それヤバいってww。ウケるww」

「マジありえないってww」


 テンション高めの声で歩きながら会話をするギャルたち。ほんとはギャルとは少し違うのかもしれないけど、私からしてみれば化粧してカバンやスマホをキラキラにデコっている人種はみんなギャルだ。


「そういや乃亜のあー。これ見てよー」

「なになにー?」

「ヤバッ、ネイルちょーきれーじゃん。マジ卍ー」

「カレシにおねだりして買ってもらったんだー」

「いーなー」

「へっへー、まじテンションアゲだわー」


 ……早く通り過ぎてくれないかなあ。


 こうもゆっくり歩かれると、お店を出るタイミングがなかなかやってこない。

 というか、あんまり出入口近くにいると向こうからも見えちゃう。

 いったん奥の方に避難しよ――


「きゃっ」

「おっと」


 むにゅう。


 一歩後ずさった瞬間、柔らかな感触が思考を断絶させた。それにいい匂い。全身が羽毛布団に包まれているような錯覚に陥りそうだ。

 なんて心地よさ、このまま身をゆだねてしまいたくなる……って、そうじゃなくて!


「すっ、すみません」

「あはは、気にしないでー。私もぼーっとしてたし」


 振り返ると、眼前にはたゆんと揺れる、たわわに実ったふたつの果実。おっぱい。


「大丈夫ー?」


 頭の少し上から間延びした声が聞こえて、顔を上向ける。ショートボブのきれいな顔立ちのお姉さんが、おっぱいに勝るとも劣らぬ柔らかな笑みを向けていた。


「あ、はい大丈夫で……す?」


 と、言葉の途中でお姉さんに、正確には背中のリュックに釘づけになった。

 そこには、これでもかというほど缶バッチ。

 しかも、あれ全部プリピュアのキャラ缶バッチじゃん!

 つまりは私と同じかそれ以上のプリピュアファン……つまりは同志。


「どうかした?」

「いえっ、あ、あの。その」


 お話したい! 魔法少女好きの人なんて周りにいなかったから、ぜひとも語り合いたい!

 ……でも。


 背後をチラ見する。ちょうどクラスのギャルたちが通り過ぎたところ。

 アニメイトを出るには、今しかない。この瞬間を逃せば、次は誰にみられるかわからない。


「どうかしたの?」

「なっ、なんでもないです! すみませんでした」


 そう言って、私は大急ぎでアニメイトの扉をくぐった。

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