ショートコント 探偵小説・推理小説

孔田多紀

第1話

(舞台の上手から二人登場する。)


探「はいどーもー、探偵小説でーす」


推「推理小説でーす」


探・推「「二人あわせて〈探偵小説・推理小説〉でーす」」


探「あのー、前々から思ってたんですけどね……」


推「何?」


探「いや君、僕とキャラかぶってるからちょっと目障りだな、と思って……」


推「今更!?」


探「だって知ってるでしょ。日本では元々〈探偵小説〉と呼ばれてたわけ。それが〈偵〉の字が常用漢字から外れたのをいいことに、君みたいなポッと出がこうしてのさばってだね……」


推「はいはい、それはもう聞き飽きましたよ。でもさ、常用漢字だろうがなんだろうが今でも使われてる熟語なんかたくさんあるでしょ。ら致、復しゅう、改ざん、覚せい剤、わいせつ、ばい菌、殺りく、ごう慢、欺まん、隠ぺい、……」


探「なんか言葉のチョイスに悪意を感じるなあ」


推「いや〈探偵小説〉が〈推理小説〉と呼ばれるようになったのは時代の必然だったと思いますよ。だって〈探偵〉って何? それは職業なの? 行為なの?」


探「まあそのへんが日本語だと狭く取られがちなところはありますけどね。英語のdetectiveは刑事職も含むから。detectだと〈発見する、検出する〉で職業に限らないし」


推「でもさ、世の中の探偵役(と、こう言わざるをえないのが苦しいんだけど)は職業探偵や刑事に限らないわけでしょ。子供でも教師でもいいんだから。だったらdetective novelすなわち〈推理小説〉でいいじゃん。〈発見〉とか〈検出〉以上の高尚な思考過程をくみとってほしいよね」


探「だから君はセンスがないっていうの。〈探偵小説〉。どうです? ロマンがあるじゃないですか? 〈日本探偵小説全集〉。かー、口にするだけでたまんないね。〈日本推理小説全集〉だとこうはいかない」


推「そうか? だいたい〈日本探偵小説全集〉なんていってしらっと言ってるけどさあ、そもそも日本の〈探偵小説〉って何? 〈日本〉〈探偵〉〈小説〉〈全集〉。この四つの単語は全部しょせん括弧つきのものなんじゃないの?」


探「君、威勢はいいけどねえ……」


推「いいけど何?」


探「いや、そもそも〈推理小説〉もオワコンだからね? 書店に行ってみなさいよ。なんて書いてあります? 〈ミステリー〉ですよ、〈ミステリー〉。今や〈探偵小説〉も〈推理小説〉もそんな使われてないのよ」


推「でも〈推理作家協会〉とか〈創元推理文庫〉なんていうわけでしょう。〈探偵作家協会〉とか〈創元探偵文庫〉だったら変だよ」


探「わかりました。もう諍いはやめよう。敵は〈ミステリー〉です。これから二人で奴を倒すんです」


推「どうやって?」


探「ほら、後期ドラゴンボールZでよくやるでしょう、二人で手を合わせて、フュージョン、ハッ!」


(舞台上に煙が上がり、二人消える)


探・推「「(声だけが響く)どうも、ありがとうございましたー」」


 体育館のホールから、まばらな拍手があがる。


 舞台の上には「第三十回 K女子中学・高等学校 追い出しの会」と手書きの筆文字で(書道部によるもの)掲示されている。


 姉の演し物を見終わって、ホールにいた私は深呼吸した。周囲の拍手はすぐに止んだ。あの内容では無理もないだろう。


 昔からテレビでお笑い番組を見るのは二人とも好きだったけれど、高校にあがってとつぜん「お笑い部」に入ったあたりから、姉の感覚は私と大きくズレはじめた。このところ「ごっつええ感じ」のレンタルDVDを何巻も熱心に研究していたのは知っていたが、ああいう昔の番組を研究することがどういう役に立つのだろうか。


 舞台はすでに次の演目に移っていた。ついさっきのことなど、もはや誰も覚えていなかった。私もすっかり忘れていた。



 姉とその相棒が卒業後、高校の「お笑い部」創設以来初めて「M1グランプリ」に出場するのは、その12年後のことだった。

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