想像を爆発させる魔法使い
ルンルン気分で漁る本棚。書かれているのは無限の知識。触れたことも、認識したことも無い知識。アンは新鮮な知識を前に、目を輝かせていた。
場所は図書館。今まで完全に無視していたスペースは、新しい次元へと自分を導く。
この世界は随分と教育や上達に関する研究が進んでいるな。ロイラン一院の書院には、この分野に関する本はあまりなかった。それなのに、この小さな町の小さな図書館でもこれほどの本がある。
さて、どうすれば優作を魔法使いとして育てることができるか。どんな魔術をどんな順番で教えていくか。こちらからとにかく情報を教授すべきか。体験学習、アクティブラーニングというのも興味深かった。魔術だけじゃない。自分が旅をして見聞を広げたこと。ロイランの外の世界、そして、今ここにある世界がどんなものだったか。伝授しなければいけないことは山ほどある。
瞬く間にいくつもの分厚い本を読破し、持ってきたノート(優作の部屋に転がっていたものをこっそり拝借している)にプランをいくつも書き上げる。
それにしても、今のうちに調査を始めてよかった。多くの本に、『あらゆる技能の習得には最初が大切』といった内容が書いてある。また、『もともと高い技能を持った人間は指導に向かない。なぜなら出来ない人間の苦労や、出来ない理由が分からないからだ』などという記述もあった。もしこのまま鍛練を続けていたら、優作は私のペースについていけずに挫折してしまったかもしれない。実際、絨毯で飛行するときもあまり優作の安全を考えていなかった。明日からは、もう少し優作に負担が無いように飛んでみるかな。
頭の中から溢れてくるのは様々な未来。自分が指導し、この世界で魔法使いを生み出す未来。魔法が浸透していないこの世界に、魔法を芽生えさせる一歩。ああ、わくわくする。胸の高まりが止まらない。
『間もなく閉館となります』
哀愁漂う音楽と共に、読書時間終了の知らせが流れた。ふとしたアンは窓から外を眺める。日は完全に落ち、ただの暗闇にしか見えない。そういえば、何か食べたっけ? まあ、お腹もすいていないし、昼食食べる時間も読書に充てられたのだから良しとしよう。アンは机に積み上げられた本の塔を軽々と持ち上げ、サササっと元の場所に戻していった。
ビュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ……。
大きな希望を抱きながら、アンはいつもの町を空から眺めていた。
ここには、魔術を知る者は全くいない。ここは魔術を空想の物とし、現実と捉えられない世界だ。
だが、もし私が魔術の指導に成功したら? 恐らく優作だけではないだろう。知らないだけで、魔術の才能がある者はもっといるはずだ。
——優作以外の人間に魔術の手ほどきを受けさせる?
何か引っかかる感触はあるが、何も違和感のない、普通の行動だろう。魔術を広める活動としては。
アンの想像上の視界には、魔術が浸透し、全員が普通に、自由に魔術を使うこの街が広がっていた。
いや待て。もし私が魔術の指導をするとしたら、自分はそこまで自由に行動できないのではないか? それなら自分は大陸を駆ける風のように生きられないのではないか? いや、きっとその頃には、優作が十分優れた魔法使いになっているだろうから、優作に任せればいい感じになるだろう。
さて、今日は寝られないな。明日からのプランを組み立て、仕上げなければ。せっかくの時間を無駄にしてはいけない。それに、そういうことを考える時間が最高に楽しい。
ああ、明日が待ちきれない。明日の朝の鍛錬が待ち遠しくて仕方がない。魔法使いを育てる。それが、これほどまでに面白いことだったとは。魔術院の連中は一体何をしていたのだろう? こんな面白いことをしておきながら、名誉の話や出世の話ばかりしていたとは。自分のことを伝授する。自分の知識、見聞、様々なことを伝える。この純粋な楽しみをないがしろにしていたなんて、なんて勿体ないことでしょう。
〇 〇
ガチャッっと扉を開け、並木家の住宅へと入る。
「ただいまー!」
アンのさわやかな声が建物内に反響する。
「あ、アンちゃん。お帰りなさい。……ん? どうしたのアンちゃん」
「はい?」
「だって、アンちゃんがとっても明るいから。いつも明るいけど、今日はいつも以上に。何かいいことでもあったのかしら?」
「ふふふ。分かります? そうなんです! 今日、とっっってもいいことがあったんですよ。もう明日が楽しみで楽しみで楽しみで仕方ありません!」
「……そう。良かったわね」
「?」
この時の敦子はなぜか暗かった。顔はいつも通りの笑顔だが、その裏側から隠し切れない暗さが滲み出ている。何かあったのだろうか。ふとした疑問を頭の片隅に置きながら、アンは優作の部屋へと歩き始めた。
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