着地、そしてこれから(後編)

 ガタンゴトンと電車に揺られ、優作はとある疑問に対する答えを探していた。

 なぜ同級生たちは、自分を誘おうとするのだろう。自分は相手の話を聞くつもりはないし、そもそも関わるつもりもない。相手は分かっているはずだ。何回も断っているのだから。それなのになぜ、彼らは……。そういえば、アンもまた、しつこく自分に関わってきた。彼らと違って、かなり無理矢理自分に関わってきたが。アンには恩返しという理由があったにせよ、どうしてここまで自分に干渉しようとするのだろう。別に俺に関わったところで……。

 答えの出る見込みのない問いをしている間も、電車はガタンゴトンと進み続ける。自分の時間は過ぎ去り、他の人々はそれぞれの時間を過ごしている。


 キイイィィィ。


 電車がブレーキをかけ始め、素早い風景の流れが緩やかになっている。気が付けば、もういつもの駅だ。早く降りるため、今のうちに出口の前に陣取る。腕時計を見ながら、今か今かと電車を降りる瞬間を待つ。


 プシュウゥゥゥゥ。


 ドアが静かに開く。優作は勢いよく飛び出し、速やかに改札を通り抜けた。

 電車を降りてから改札を出るまで、一瞬の思考停止が妙に楽だった。答えの出ない問いを考え続けるほど疲れることもない。このまま、帰ったら魔導書でも読ませてもらうか。優作は心のもやもやを無理矢理排出しようとするかのように、何か別のことで頭の中を満たそうとした。


 ドンッ!


 突然響いた大きな音が、駅全体の雰囲気を一瞬で氷漬けにした。優作もまた、その空気に飲み込まれてしまった。彼も含めて、その場にいた全員が音の発生源を眺めた。

 そこにいたのは、年老いた老人だった。床の上に伏せ、全く動かない。恐らく何かに躓いて転倒したのではなく、突然意識を失ったのだろう。


 この時、右手の指がかすかに動くのを感じた。この動きは、応急処置用の魔術を使う時の動きだ。優作は慌てて自分の右手を左手で抑えた。さすがにここで魔術はまずい。いきなり目の前の老人が光り出したりしたら大変なことになる。

 幸いなことに、ここは駅だ。人手が不足することはない。携帯電話も、駅の電話も完備されているから、119番に通報できないなんてことはありえない。更に幸運なことに、この駅は消防署も近い。救急車はすぐに駆けつけてくる。しかもAEDまで置いてある。この老人が死ぬことはまずないだろう。優作は少し楽観的になりながら、その老人へと近寄り、救急救命活動を始めようとした。


 ——が、なぜだろう。体が動かない。足が、全く前に進もうとしない。かといって、見捨てて帰ろうとしてもまた、足が動かない。なぜだ? 魔術による応急処置なんかじゃない。普通の救急救命活動だ。初めてじゃない。自分は一度経験している。それも、ここより遥かに条件が悪い場所で。あの時は何も抵抗なく、体が動いた。それなのになぜ?

「——大丈夫ですか?」

優作が固まっているとき、近くにいた男性が、素早く老人の傍に寄った。

「大丈夫ですか? 大丈夫ですか?」

男性は救急救命活動を始めた。それでも、老人に反応はない。

「あなたは119番をお願いします!」

男性が指名を始めた。緊急時、人を指名せずに助けを求める場合、名乗り上げる人はまずいない。だから、中心となる人間が一人一人仕事を指定し、素早く的確に行動する。救急時の常識だ。そう、はじめに行動できなくても、指名されれば行動できる。特に自分は経験者だ。指名されれば、誰よりも素早く、的確に動く自信がある。さあ、指名してくれ!

「あなたはAEDを!」

「あなたは……」

次々と人が指名されていく。さあ、早く自分を指名してくれ! 自分は動ける! だから……。

「AED到着しました!」

息を切らした男性が、少し大きめな箱を持ってきた。中心となる男性がパッドを老人の体に張り付け、電気ショックの準備に入る。

「皆さん離れて!」

AEDのショックを開始するために、野次馬達を遠ざける。周りの人間が老人から離れはじめ、優作もまた、その流れに抗うことは出来なかった。


 ビクンッ!


 老人の体が大きく動く。安全を知らせる電子音声が流れた後、仕事のある人たちは再び活動に戻った。

 周りの緊張感が一気に抜け、あとは救急車の到着を待つばかりだという空気へと変わっていく。一人、一人と日常に戻っていく。だが優作は……。


 ——なんだよ、なんなんだよ、俺——。


 駅を出て、いつもの人気のない道をとぼとぼと歩く。何だろう、この喪失感。せっかく自分は、見つけたというのに。着地すべき場所を。魔術を習得し、一歩前へと進んだはずなのに。

 もしあの場にアンがいたらどうしただろうか。きっと、ためらわずに助けたはずだ。自分が使うちっぽけな魔術と違う。相手の体の不調を根本から改善する魔術。かつて自分が施された魔術の、さらに上位の高度な魔術。それをすぐに使用したはずだ。別に大した理由は要らない。ただ、“魔術を使用する場面だったから”というもので十分だろう。もちろん、自分が一緒にいれば出来る限り止めるだろうし、なるべく目立たない魔術を薦めるだろう。


 それに対して自分はどうだ? せっかく特殊能力を身に着けたのに。やっと動き出せたのに。何もできなかった。今までこんなこと考えたこともなかった。感じたこともなかった。

 もしかしたら、動き出したからこそ感じるようになったのかもしれない。今まで見えなかったものが。しかし、新しく見えるものが、決していいものだとは限らない。自分は、ずっと立ち止まっていた方が幸せだったのだろうか。もやもやとは違う、もっと、自分を根幹から浸食していくようなもの。その謎の不快感を抱きながら、引き続き自分の家を目指していた。

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