第33話 報告

 上條社長からの突然の呼びだし。嫌な予感がした。俺は激しい焦燥感を覚えつつ……エレベータに飛び乗り5Fにある社長室へ急いだ。


 一緒にいた逆井には一階で待ってもらうことにした。つまり申し訳ないが構っていられないので”放置”した、ということなのだが。


 まあ、一応”自称人気モデル”のMISAKIにも会えたことだし……本人も満足だろう。


 ていうか帰ってもらってもよかったんだけど、どうしても向坂を待ってるというから……仕方ない。後でお邪魔ムシ気分を存分に味わせてくれる!まあ逆井のことだから俺と向坂の関係が”いつもと違ったものになっている”なんてことに気づかないなで、ずっと邪魔しそうだけど……


 さて……


 毎度のことだが……あの上條社長に会うとなると緊張する。ましてや今回は怒声で呼び出されてしまったのだ。


 俺は、上がってしまった息を社長室の前で整えるべく大きな深呼吸をして……社長室のドアをノックした。


「どうぞ~」


 いつもより少しトーンが低い……上條社長の声がした。


「失礼します」


 そう言ってドアを開けると……


 またもや俺は前回”ここ”を訪ねたときと同様にフリーズしてしまった。


 上條社長の隣には向坂が座っていた。


 しかも俯いて……


 確かに”重たい空気”ではあったが……予想していたものとは少しニュアンスが違った。


 絵面としては先生と、怒られてしょげている女子生徒と言う感じか。


 あらら?向坂さん?……何やらかしたんですか?もしかして俺はとばっちりパターンですか?


「櫻井?」


「は、はい……」


 ゴクリ……


 って思わず唾飲み込んじゃったよ……なんかメッチャ恐いんだけどこの人?


 なんですか?その目つき?もしかして傭兵上がりですか?メイド服とか着て部隊全滅させたりしてませんよね?いやイメージ的には旧ソ連軍部隊のあの人のほうか……火傷跡とかないよね?





「櫻井……聞いてないんだけど?」


 で、でた……上司の”聞いてないんだけど?”攻撃。やったの知ってたのに間違いが起こると知らないふりするあれだな~


 いやだあ~ブラックだなあ~


 というか俺この人の部下じゃないんのに、なんで報告義務発生してんの?


 そもそも独断で俺なんかやったか?



 ……ん?


 ああ……


 はい、はい、はい。


 やったな……うん……やりました。



 上條社長へは向坂への告白を約束してしたので、報告義務は当然あるだろうなあ……


 でも告白したの昨日だぞ?


 そんな電光石火の報告まではいいでしょ?


 悪い報告はできるだけはやく、いい報告は後からだっていいんだよ……これはビジネスの常識!


 って学生の俺より社長の方がしってるでしょ?そういうこと?


 まあでもこの人にそんな屁理屈通用しないから……ここは”今から報告するつもりでした”という蕎麦屋の出前パターンで誤魔化すしかないな。



「櫻井?”今らから報告するつもりでした”なんて言い訳はするなよ?」



 うわ~……なんで俺の周りにはこうも先読み上手が多いんだよ?


 まあ、この人に誤魔化しなんて通用しないから、ここは正直に詫びるが吉か。


「すいませんでした……報告が後になってしまって……」


 ってホントに、こんな詫び必要なのか?なんかちょっと腹立たしくなってきたぞ?



「YUKINAを同席させた意味は……分ってるよな?」


 俺は向坂に視線を向けると……


 向坂と俺の目はバッチリ合ってしまった。


 向坂は赤面して露骨に目を逸らしてしまった。


 俺もポーカーフェイスを装ったつもりでも少し口角が上がって……つまりニヤついてしまった。



 そんなやり取りを見ていた上條は……


「あ~!!……もう報告は要らん!!今ので十分だ!!」


 さ、さすが上條社長……見抜きましたね?二人の変化を?……恐れ入ります。


 いやホント俺の周りには先読みしてくれる人がいて助かるよ……ハハハ


「まあ、座りなさい」


 俺は促され上條社長の対面に座った。


「別に怒っているのは、櫻井にではない……YUKINAに対してだ」


「え?向坂?……何やらかしたんですか?」


「べ、別に私は何も……」


「YUKINA?……”何も”ってことはないだろう?」


「は、はい……申し訳ございませんでした」


 ん?ん?……全く話が見えないんだけど?


「上條社長……向坂が何か仕事でご迷惑お掛けしたんですか?」


「ああ、そうだ……今日予定していた撮影が全部キャンセルになった」


「ええ?……な、なんでそんなことに!?」


 向坂は、申し訳なさそうに……また先生に怒られた女子生徒のように俯いていしまった。


「モデルというのは、いわば商品なんだ……撮影は、作品を作り上げるための厳格な演出の上で成り立っている。だから肝心のモデルが予定していたイメージを著しく逸脱したら撮影は立ち行かない……櫻井でもそれくらいは分かるだろ?」


「ええ……当然でしょうね。プロのモデルだったら、求められたイメージ通りの仕事をしないと意味がないですね」


「ほらYUKINA……素人の櫻井だって分かってるぞ?」


 向坂は益々恐縮していたが……俺には不貞腐れ顔で睨んできた……


 なんだよ?この状況でフォローは無理だって……


「でも向坂は……今日そんな調子が悪かったんですか?イメージが変わる程?」


「そうじゃない……今朝、彼女に会ってビックリしたよ……今日のYUKINAは……昨日までのYUKINAとは別人だった」


 俺は……ここにきてまたザワザワと不安な感覚が背中から這い上がってきたのを感じた。


 そうだ……それはさっきすでにMISAKIから聞いていた。MISAKIが暢気な口調で言っていたからすっかり甘く見ていたが……まさか撮影がキャンセルされるほどに変化していたとは……


「まあ、むしろ今後のYUKINAのことを考えれば、感情豊かになった今の姿がむしろプラスに振れることもあると思うが……しかし、元々のイメージで演出を決めていた今日の撮影は悉くボツだ……YUKINAもプロのモデルならこんな失態を冒してはいけないのだよ」


 まあ……それは当然だ。会社としては凄い損失だ。社長はこれから後処理が大変だろう……でも向坂にしても自分がいきなりどう変わったかなんて自分で自覚できていないだろうから……責められる彼女も気の毒だ。


 なるほど、俺が怒られたのは、報告が遅れたからというよりは(いや遅れてはいないけど)、俺の告白でYUKINAがこんなにも変化してしまったことの責任を問われているのか?


 でも、俺の告白後押ししてたの誰でしたっけ?



「でも、こういうYUKINAを見ると……ますますIZUMUのことを思い出すな」


 ああ、以前に聞いた上條社長が唯一褒めた……伝説のモデルか……確かIZUIMIと言ったか。


 だとすれば、この変化で伝説モデルのIZUMIに一歩また近づいたとういことか。


 大丈夫か?そんな大物になって……俺を置いていくなよ?YUKINAさん?


 フフフ……でも上條社長は……立場上、しっかりと向坂に”指導”をしているが本音は決して怒ってはいないんだろう。


 むしろこの変化を喜んでいる風ですらある。



「そうか……でも……がんばったな、櫻井」


「ええ、まあ……なんとか」


「よかったな……YUKINAも」


「はい……」


 そう言って向坂ははにかんだ。



「まあ、良かったよ。これで少し安心だ。櫻井もウジウジしていつまでたっても告白しないからヤキモキしたぞ?」


「め、面目次第もございません……」


 俺もようやく田尻と……そして小杉先輩と森内に助けられ、ここまで辿り着いたが……


 上條社長は”このストーリー”を俺と初めて会った時に、すでに思い描いていたんだよな……


 だから俺は会ったその日に、社長に告白宣言をさせられてしまい……いまこうしてその結果報告をさせられてしまっている。


 田尻のように心理学バックボーンもなくて、なんの訓練も受けてていない上條社長が見せた、このナチュラルな洞察力には本当に舌を巻く。


「あの……社長」


「なんだYUKINA?」


「もしかして……その口調だと、義人の気持ちって知ってたんですか?」


「当たり前だろ?最初に会った時に、この男は私に”俺は向坂に告白する!”って宣言して帰って言ったのだから」


 それを聞いて、目を丸くした向坂は"信じられない!”という表情で俺の方を向いた。


「まあ……社長に嵌められてまんまと白状したのが実際なんだけどな」


 俺は照れ隠しで苦笑して見るしかなかった……





 俺は気を取り直して、肝心なことを切り出した。


「上條社長……一ついいですか?」


「なんだ?……櫻井」


「東郷さんのことなんですが……」


 向坂がピクリと緊張の顔をした。


 田尻から警告を受けた時、真先に思い浮かんだのが向坂の恋人役を演ぜられていた東郷だ。あの時の様子では向坂への好意は明らかで、まだ向坂に執着している可能性が高い。


 今後、東郷が余計なちょっかいを出して、それこそ「闇」の最後の抵抗に東郷が巻きもまれないためにも……俺が向坂へ告白して、向坂もそれを受け入れてくれたことを東郷にキッチリ伝える必要がある。


「ああ、それについては私から東郷に伝える。まあ彼にも散々迷惑を掛けたからな。まあ彼もショックだろうが、こればっかりは仕方がない」


 それを聞いた向坂も心苦しい表情をした。


 それはそうだ。自分のために散々協力してくれた相手が、実は自分に好意を寄せていた。


 それを振り切って自分は別の男と……


 東郷としては簡単に収まりがつかないだろう。


 東郷へは、当事者の俺や向坂から説明ができるものではない。社長から話を通してもらうことが確実だ。


 もしかすると社長からしっかり話をしてもらえれば案外、すんなり納得してくれるかもしれない。



「さてと……じゃあ、君らはもう付き合ってると、そう東郷にも報告していいんだな?」


「はい」


 俺は即答したが……肝心の向坂がキョトンとしている。


「……え?違うの?」


 ってなんで俺がこんな間抜けな確認しなくちゃいけないんだよ?


 上條社長も怪訝か表情を浮かべてしまった。


「なんだYUKINA?違うのか?」


「えっと……す、好きだとは言われたけど付き合ってくれとはいわれてないなあ~と思って」


 おいおいおい……そんなベタな少女漫画の展開なぞらなくていいから……なに言いだしてんだよお前!?


「なんだ櫻井?だらしないなあ~……詰めがあまいぞ?」


 なんで俺がこんなことで説教されなきゃならないんだよ?


「櫻井!!」


「は、はい……」



「やりなおし!」




「はぁ?……な、何をですか?」


「YUKINAは付き合ってくれと言われてないそうだ」


「ま、マジかよ?」



「ほら!はやくしろ!」



「え?……こ、ここで?」


「あたりまえだ!……ほら!」




 な……マジかよ?なんのバツゲームだよ?なんの拷問だよ?


 向坂も止めろよっ……って、なに期待に目、輝かせてんだよ、おまえ……


 その感性ちょっとおかしいぞ?


 でもちょ…ちょっと嬉しいじゃんか……




「あ~……さ、向坂……」


「は、はい……」


「……お、俺と……付き合ってくれ」


「……は、はい……喜んで……」



「なんだそれ?おまえたち……中学生の告白か?ああ……見てられない!!ヤメロ!ヤメロ!!」


 自分でやらせておいてヤメロって……この社長は……


 社長は例のおばさんモードに突入して……色々騒いで……


 向坂は真っ赤になって俯いたまま。


 なんだよこの状況?




 向坂……ほんと勘弁してくれよな?


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