第15話 笑顔
俺は、スタジオ内をブラブラしながら向坂を待つことにした。
皆が忙しく走り回る現場で、暇そうにしているのは居心地が悪いものだ。ましてや向坂に近しい男疑惑と、社長の派手なパフォーマンスで注目されつつあるからなおさらだ。
俺は結局スタジオの端の方で目立たないように時間を潰すことにした。
ただ、静かに目立たなくしていたはずなのに……
しばらくすると見たことのあるモデルがツカツカと俺に近づいてきた。
「何ですか?露骨に面倒くさそうな顔しないでくださいよ」
そう顰め面をしたのは、高校生モデルのMISAKIだ。さっき俺と上條社長がスタジオに戻って来た時にガン見してたから来ると思ってたんだよな。
「いや、マジ面倒くさいからな……お前」
「うわ、ヒドイ!人気モデルにそんな事を素で言うとかマジであり得ないから」
「人気モデル?お前ホント人気あんのかよ?全く聞いたことないんだけど?」
「な、何なんですか?これから人気出るんですよ……」
「なんだよまだ人気ないのかよ?なんで声ちっちゃくなってんなよ?言った俺が罪悪感感じちゃっただろ?」
「感じてくださいよ!全力で反省してください」
「で、なんだよ?まあ、だいたい言いたいことは分かるけど」
「そうですよ!……櫻井さん、社長と二人でいきなり外出とか……何やらかしてくれてんですか?もう訳わかんないですよ?」
「あり得なくはないだろ?人気モデルYUKINAの大切な友人だ。丁重に扱われて当然だろ?」
「私と違ってYUKINAさんが人気あるみたいに……なんですか?その傷をえぐる言い回し?」
「そんなつもり無いって!それは被害妄想が過ぎるぞ?」
「全くいつも無表情なYUKINAさんが、色んな顔見せてくるし、普段怖くて近寄りがたい社長まであんな機嫌よく大笑いしてるとか……櫻井さんあなた一体何者ですか?どこの天然ジゴロですか?」
「ジゴロなんてらしくない言葉、よく知ってるな?……ほら、アレだ……どうでもいい男にはみんな気楽になれるんだよ。お前だっていつもはあざとい猫かぶりしてんじゃん?俺にだけ本性丸出しなのもそういうことなんだろ?」
「わ、私は……も、もちろんそうですよ。全く対象外な櫻井さんに猫かぶる必要ないし……」
「その発想おかしいぞ?好きな相手でも猫なんかかぶるなよ、普通に素で勝負しろよ」
「な、なにちょっとカッコいいこと言ってんですか?……櫻井さんが言っても気持ち悪いだけですから」
「お前なんでいちいち赤くなってんだよ。そんな顔すると勘違いする男いるからやめとけよ?」
「な、なんで私が……」
さすがに高校生なMISAKI相手だと気が楽だ。まあ上條社長の後だからその落差を余計感じるのだろうが。
「そう言えば、IZUMIってモデルのこと知ってる?」
「はあ?誰に聞いてんですか?モデルの私にそれ聞くって落語家に柳家小三治に知ってますか?って聞くようなものですよ?」
「何だよそのシブイ例え……ってかお前落語好きなのかよ?そのギャップはちょっとグッときちゃったじゃないか」
MISAKIは、フンとばかりにそっぽを向いた。
「で……IZUMIさんがどうしたんですか?」
MISAKIはツマらなそうに話を戻した。
「そのIZUMIって向坂に似てるのかと思って……例えば顔立ちとか」
「いや、あんまり似てないんじゃないですか?」
「そうなの?……上條社長が向坂見るとIZUMIを思い出すって言ってたけど?」
「ああそれは違いますよ。それは業界のポジションの話じゃないですか?業界ではYUKINAさんはポストIZUMIって言われてますから」
「え?そうなの?向坂ってそういう存在なの?」
「今更そんな事言ってるんですか?YUKINAさんの近くにいれば分かるでしょ?あんな綺麗で完成度高いモデルなんてそうそういないですよ?」
え?え?え?
いや惚れた俺からすれば、思いっきり贔屓して”向坂こそ世界一美しい”と言ってもいいと思うのだが……
業界の評価が”ポストIZUIMI”って……IZUMIというモデルは上條社長がいわば”不出世”ともいえる表現でベタ褒めしていた存在だ。
向坂が……その後を継ぐ存在?
マジなのか?
そうか、上條社長が言いかけた”俺がプレッシャーを感じる”とはこういう意味だったのか。俺はそんな存在に告白するんですか?マジですか?何かの妄想ちゃいますか?
「そ、そうなのか……でも、見た目だけで言ったらお前も同じようなもんだろ?」
俺は苦し紛れに、そう言って動揺を誤魔化した。すると今度はMISAKIAが予想以上に動揺してしまった。
「な、な、な、なに言ってんですか?私がYUKINAさんと同じとか……」
「何嬉しい顔になってんだよ?……そうかお前でも向坂と同レベルって言われるのは嬉しいのか……」
「ヤバイ、櫻井さんホンッと、ヤバイ!危険!……こ、こんなとこYUKINAさんに見られたらまた睨まれちゃう……じゃあ、私行くから!……ホントマジ信じらんない……」
MISAKIはもう我慢できないとでも言いたげに逃げるように去ってしまった。
なんだアイツ?
勝手に盛り上がって、勝手に逃げやがって。ほんと勝手なヤツだ。
MISAKIが去ってからは、特に何もなく暇な時間を過ごした。
そして2時過ぎにようやく、向坂から「撮影終わった」というLINEが入った。
随分と待たされたものだ。
撮影フロアーが違うのか、俺が待っている間、向坂を見かけることはついになかった。”人気モデルYUKINA”として、撮影に挑む向坂を見てみたかった気もするが、それは叶わなかった。
う~む!これは結構本気で残念だ。
ほどなくして向坂は1Fスタジオに降りてきて、俺を探しているのかキョロキョロと眼を方々に走らせていた。本来のボッチキャラが復活していた俺は、「石化け」する毛バリ釣り名人並に風景と同化していた。これでは向坂は俺を見つけてくれないと思い、俺から向坂に声を掛けた。
「よう、お疲れさん」
「わあっ!……びっくりした……い、いたんだ」
心なしか向坂の頬が緩んだように思えた。
「なんだよ、目の前にいただろ?そんなに俺、存在感ないのかよ?」
「ほ、ほら、ここ派手な人多いから……」
すいませんね、地味な俺で……
だから”しまった”って顔すんなよ。地味だけに地味に落ち込むだろ?
「そ、そういえば義人、またMISAKIと話したの?」
「ああ、先に言っとくけどあいつから話しかけてきたんだからな?」
「それは別にどうでもいいけど。なんか彼女、随分上機嫌であなたの悪口言いふらしてたわよ?」
「上機嫌で悪口って意味わかんないんだけど?ホントあいつなんなの?」
「義人が気に入られてんじゃないの?まったくもう……何を話したのよ?彼女に……」
「いや向坂が綺麗だって言うから、お前も似たようなもんだろって言っただけだよ。まあアイツえらく喜んでたけど……お前って意外にも女性の憧れキャラしてんだな?」
「何それ?ムカつくんだけど」
「え?なんで?MISAKIと同レベルじゃ不満なのかよ?」
「そんな事思ってないわよ」
「じゃあ何だよ?」
「義人にはMISAKIと同レベルとか思って欲しくなかっただけ」
「義人には」の「には」って、微妙な文法使うなよ。俺、結構現代文得意だからその意味当てちゃうぞ?
俺が少し慌ててしまうと……
向坂も気まずそうに身を逸らしてしまった。
「そ、そう言えば……もう、お昼食べたんでしょ?」
向坂は動揺を誤魔化すように当たり障りのない話題を振ってきた。
「ああ、お陰で社長にガッツリ食わされたよ……向坂は?」
「私は仕事の途中で休憩あるから、そこで少し……で、上條社長とはどうだったの?」
「いや……」
俺は思わず自分が”告白宣言”という恥ずかしい目にあったことを思い出して苦笑してしまった。
それを見た向坂は不安げに尋ねた。
「上手くいかなかったの?……社長は上機嫌だったみたいだけど」
「ああ、そうだな……話は悪くなかったと思う」
「そうなんだ……じゃあ良かった」
向坂は心底ホッとしたようだった。
向坂は俺と上條社長が舌戦を繰り広げている最中に退出したからな……
仕事の間、ずっと気になっていたのかもしれない。
「おかげで必死に口説かれたよ」
「え?!」
「向坂に協力するようにな。やり方はホント怖かったけど」
「ああ、何があったかは知らないけど”怖い”というのは分かる」
「でも安心したようだぞ?こんな俺でも協力することになったから」
「そう…なんだ。義人、協力してくれるんだ?」
照れ笑いをしながら向坂は嬉しそうな表情を見せた。
「まあ、成り行き上な。まんまと社長にはめられたよ。あの人には敵わん」
「そうでしょ?私もあの人にはホント敵わない。だから義人には余計なこと言わない方がいいなと思って」
「まあ確かにそれは正解だったかも。俺も先にもっと向坂に脅されてたら展開変わったかもしれないな」
「でしょ?」
向坂は勝ち誇ったように言った。
「でもその社長が向坂のことをあそこまで心配してくれてるのは心強いだろ?」
「ええ。私、上條社長でなければとっくに辞めていると思う」
向坂があのスタジオの雰囲気でもなんとか仕事を続けられたのは、まさに上條社長の精一杯のケアがあったからだろう。おそらく向坂が思っている以上に上條社長は向坂のことを気にかけていたはずだ。
「で、お前は社長からは何か聞いたのか?」
「え?……特には聞いてないけど?義人から重要な報告があるとは言われたけど……ん?どうしたの?顔赤いね?」
「いや、ちょっとね、色々ね」
社長何話してんだよ。直ぐに告白なんてするわけないだろ?ムチャクチャ過ぎるよあの人。
「あれ?なんか怪しいぞ?……社長と異様に仲良さ気だったって噂になってたから……ちょっと変なことになってないよね?」
「なんだよ変なことって……なるわけないだろ?社長とは飯食っただけだよ」
実はちょっと危ない場面はあったけど、俺の気持ち的なところに。
「うーむ」
だから、そんな顔してこれ以上詮索しれくれるな。話題変えないと。
「そう言えば、向坂ってスカウトじゃ無くて志願してモデルになったんだってな」
「え?社長そんな事まで義人に話したの?」
「ああ、しかもIZUMIとか言う憧れのモデルの様になりたいとか?案外ミーハーなんだな、おまえ」
「しゃ、社長信じらんない!もう……なんでそこまで話すかなあ」
今度は向坂が顔を真っ赤にして恥ずかしそうにむくれてしまった。
「でもそんなお前だからこそ……IZUMIさんの二の舞にはしたくないんだろう……」
そう俺が言うと、向坂は心底驚いたように綺麗な目を大きく見開いて絶句した。
「ん?……どうした?」
固まってしまった向坂に声を掛けると……ようやく我に返ってように向坂は話を続けた。
「社長……IZUMIさんがモデル業界去った話までしたんだ」
「ああ……なんか言いずらそうだったが、話の流れで話してくれた」
「そうか……IZUMIさんの話はスタジオではタブーだからあまり知ってる人いないのに」
そ、そうなのか?なんでそんなことを初対面の俺に話したんだ?
「でもまあ、この件は俺が無理やり聞き出した感じなんだけどな」
「社長が話したってことは、義人がそこまで信頼されたってことだよね……やっぱ義人は凄いな……」
確かにここまで社長が俺に踏み込んできたのは”俺だから”という自負はある。しかし、それは俺そのもののパーソナルとは全く関係はない。
”YUKINAを助ける存在”
その可能性があるからに過ぎない。それがそんな大層な人間であるはずがない。
「それはちょっと違うな。向坂がそれだけ社長に愛されてるってことだよ。ほんと百合展開期待しちゃうレべル」
「ああ……上條社長の場合、その冗談笑えないからやめて」
向坂は冗談で返したが、嬉しそうに顔を赤らめた。
「え?マジなの?もう社長にちょっかい出されてるとか?」
「フフ……それは秘密」
そう言って向坂はケラケラと笑った。
向坂は俺との会話ではよく笑う明るい女の子だ。
ただ、MISAKIが”無表情”と話してたようにこのスタジオでの向坂はそうではなかったのだろう。
だから相変わらず俺と話す向坂の、感情豊かな表情にいちいち驚きのリアクションをするスタッフの目線は煩わしい限りだ。
……それでも俺が向坂を助けるという話になって、上條社長が向坂のよき理解者であることを向坂自身が再認識できたから……
向坂が今朝ここにきた時の暗い表情とは随分と違うものとなっているのは嬉しい限りだ。
いきなり事情も分からずに飛び込んだ割には上出来だろ。
それにしてもすごい事に巻き込まれてしまったな……
ホント……さすがに疲れた。
そして俺はようやく向坂と一緒にKスタジオを後にした。
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