第14話 IZUMI
昼食を終えた俺と上條社長は店を出た。俺はこの社長と一緒では満足に食事は喉を通らないと思っていたのだが……
俺の一ヶ月分の食費代もするフルコースを見事完食してしまった。
「君は、食えないという割に、気持ちの良いくらいに完食したな?」
「自分でも意外でした。貧乏学生の胃袋は、社長のプレッシャーよりも高級食材を優先したって事ですね。マジあり得ない美味さでしたねぇ〜、ほんとゴチになりました」
「良い店だろう?今度、YUKINAを誘って来たらどうだ?」
「はあああぁ!?」
「さ、櫻井?……急にどうした?」
い、いきなり向坂を、デートに誘う話とかとかするからですよ、ってまあそんなこと言うとまたからかわれそうだから適当に誤魔化すけど。
「び、貧乏学生にムチャ言わないでくださいよ?こんなとこ二人で来たら数ヶ月間断食生活必至ですよ?」
「そこはYUKINAに払って貰えば良いじゃないか?彼女にはそれなり支払ってるから全然問題ないと思うぞ?」
「はあああぁ!?」
「だから櫻井?おまえさっきからテンション高すぎないか?何をそんなに興奮してるのだ?」
「は、初デートで、即効ヒモ状態とか勘弁してくださいって話しですよ」
って、なに向坂とデートとかナニュラルに言ってんだよ俺。妄想捗ってニヤつくぞ?!
でもリアルに妄想してたら、向坂がゴールドカードで支払っている姿想像できちゃったじゃないっすか……ホントマジ凹むから。
いやだな〜格差恋愛。
全くそんな相手にいきなり告白宣言した俺……大丈夫なのか?
さて、このままこの話題を続けていると、妄想が過ぎて余計なこと言いそうなので……俺は話題を変えて 気になっていたことを上條社長に訊ねてみることにした。
「向坂の給料、既に相当高そうですけどKスタジオでそんなに重要な人材なんですか?」
「なんだ?まだ彼女を辞めさせようと考えているのか?」
「違いますよ……上條社長がなんでここまで向坂に肩入れするなのかなって不思議に思ったんです」
確かに向坂は、Kスタジオの中でも”人気モデル”として重要なポジションであることには違いはないのだろう。
しかし、最近のモデルはトーク番組に多く出演したり、女優業までこなすマルチタレントは多い。こんなモデルこそKスタジオでは”稼ぎ頭”であるはずで、向坂はさすがにそこまでではない気がする。
「それは私が社員想いのいい社長ってことだよ」
社長は明らかに誤魔化すように、あまりに適当で曖昧な返事をしてきた。
「はいはい、教科書通りのご回答ありがとうございます」
「なんだ?そのつまらなそうな顔は?」
「そんな反応されると”ああ言いたくないんだな””なんかあるんだな”って深読みしますよ?」
いや、間違いなく”言い澱む”何かがありそうだ。
となれば、惚れた男としてはもう少し踏み込ませてほしい、なんてね。
「まったく君はめんどくさいな男だな。フフフでもまあいい、君だから教えてやろう」
上條社長は、呆れた顔をしつつも話をはじめてくれた。
「君はIZUMIと言うモデルの名前を聞いた事があるか?」
唐突に、上條社長は聞き覚えのないモデルのことを持ち出してきた。
俺が全く聞いたことのないところを見ると、メディアへの露出などはきっと多くない、それほど人気のないモデルか?少なくとも向坂、つまりYUKINAの名前は俺でも知っていたからそれ以下の人気か?
「いえ全く聞いたことがないですね」
「そうか。モデル業界でのIZUMIの知名度は絶大だが一般人にしたらそんなもんなのかもな」
「え?そんな凄いモデルなんですか?でも全く聞いたことないですよ?少なくとも向坂のことは俺でも知ってましたが」
「もう一世代前のモデルだからな」
なるほど、世代が違うのか。俺が高校時代、もしくは中学時代?……ならファッションに興味のない俺が知る訳がないな。
「私が知る限り未だにIZUMIを超える素材に出会った事がない。それほどのモデルだ」
「え!?そうなんですか?上條社長がそこまで言うなんて……なんかメチャクチャ凄そうですね?」
「私はこう見えて、簡単にはモデルを褒めたりしないんだぞ?だが、彼女だけは特別だ」
な、なんか凄いな、そこまで言われると、こんな俺でも見てみたい衝動に駆れる。向坂にはちょっと申し訳ないが?ってすでに彼氏妄想のキモイ俺。
「で、そのIZUMIさんがどうかしたんですか?」
「YUKINAを見てるとIZUMIを思い出すんだよ」
「マジですか!?メッチャ興味あるんですけど?」
「櫻井?」
上條社長があきれ顔で呟いた。
「え?なんでしょう?」
「食いつき過ぎ」
や、やべ思わず突っ込み過ぎた。でも向坂に似ていて上條社長が手放しでほめちぎるモデルって、それは妄想捗りすぎるんですけど?
「そこまで言われれば、男子なら誰だって興味持ちますよ」
「YUKINAと似れるとあればなおさらか?」
「まあ……否定しません」
「はいはい、ごちそうさま」
「でも向坂とは流石に比較にならないんじゃないですか?そのIZUMIさんとは格が違うって気がしますが……」
俺はそう言うと上條社長はビックリしたように俺の顔を凝視した。
「櫻井、お前は分かってないな?」
「え?どう言う事ですか?」
「まあ、それは君の告白にプレッシャーを与えることにもなりかねんからこれ以上は言わないが」
「そこまで言っておいて、メチャ気になるじゃないですか?」
「ハハハそんなこと私の知ったこっちゃないね」
うわっ、性格わるっ!!
え?どういうこと?俺がプレッシャーを感じる?
謎だ……
「そのIZUMIだが、実はうちのスタジオにいたんだよ」
「”いたんだよ”って過去形?今はいないんですか?」
俺は何気なくそう聞いただけなのだが、上條社長は今まで見せたことのない苦悩の表情を見せた。
おや?……なんだこのリアクションは?
俺はその、今までの上条社長らしくない表情を見て゛ギョッ゛としてしまった。
同時に、俺は”しまった”と思った。
これは俺の興味本位だけで簡単に踏み込んでいい話題ではなかったのだ。
「ああ~社長、俺の問いかけはホンの興味本位だからいいです。この話はこのくらいで」
そう言うと上條社長は、何故か優しい目で俺を見つめた。
「櫻井、君はいつもそうやって人の顔色が分かってしまうんだな」
予想外の上條社長の言葉に一瞬キョトンとしてしまった。
「そんな顔までして、君は普通はしなくていい気遣いをしてしまうのか」
俺は今、一体どんな顔をしたのだろう……
上條社長ご一度垣間見せた苦悩の表情は、いつのまにか俺に対する慈しみの表情に変わってしまっていた。
「そっか、櫻井は実は優しい子か。YUKINAが気になるわけか」
上條社長が突然に、俺が想定できるどのセリフにもない言葉を、また今のこの状況で予想すらできなかった優し過ぎる顔で口にした。
俺はあまりの社長の変化に一瞬思考が停止してしまった。
あんなに恐ろしい一面を見せておいて……
そ、それは反則ですよ……
不覚にも、俺を見つめる上條社長の顔が一人の女性としてこの上なく美しいと感じてしまった。
「櫻井?」
「は?」
「……おまえ案外チョロイな?」
「え?」
「いまちょっと私に惚れそうになっただろ?」
「っな、なわけないでしょ?」
「ははん?そうか?……YUKINAに今のお前の顔をどう報告しておくかなあ~」
「マ、マジやめてくださいよ!……ほんと洒落になりませんって!」
「ハハハ……いやいや若いっていいわ~」
上條は、自分が思わずしてしまった苦悩の表情。
それを俺は敏感に反応して罪悪感を感じてしまった。
上條社長は、ことさら明るく演じて、俺をフォローしている。
ホントにこの人ときたら……
このままでは俺のチョロい男心がホントに洒落にならないので話題を変えねば……
そう思っていたが……先に上條社長は言を進めてしまった。
「実はな……そのIZUMIを……私が潰してしまったんだ」
突然の上條社長のカミングアウト。
「えっ?……な、なんでですか?」
これ以上、この話は聞くまいと思ったが驚きのあまり聞き返してしまった。
「一番近くにいたはずの私が……彼女の苦悩に気づけなかったのさ」
ここまで聞いて全てのピースが埋まった。
IZUMIと言う前途ある天才モデル。駆け出しだった、まだ若かりし頃の上條社長が手塩にかけて育てたんだろう。
しかし……上條社長の過度な期待がいつしかそのモデルを精神的追い詰めてしまった。そうかそれが上條社長のトラウマになってる訳か。
そのIZUMIに上條社長は向坂を重ねている。
向坂には同じ轍を踏ませないと、だから苦悩を見せる向坂に必要以上に踏み込んでくる。
「私はIZUMIが……今、何処で何をしてるかさえ知らなくてな……。生きているかさえも……」
生死も知れない……
俺は余りの事に絶句した。
また俺が暗い顔をしていたからだろうか、上條社長は殊更なら笑顔を作りながら少し話題を変えてきた。
「ところで櫻井、YUKINAはなんでモデルをやってるか知ってるか?」
「いえ、知りませんが、スカウトとかですか?」
「違うよ。自分で応募してきた」
「え?そうなんですか?あいつも案外目立ちたがりなんですね?」
「女性はみんな注目されたい願望はあるんだよ」
そんなものなのか?確かに女性が他人から少しでも美しく見られたいという願望があるのは事実だろう。でも……向坂の性格を考えると、わざわざモデルを選んでまで多くの人目を集めたいという発想にたどり着くようには全く思えない。
しかも、今彼女はその「視線」によって苦しめられてしまっているのだ。
「向坂は注目され過ぎて、その視線に苦しんでしまってるなんて皮肉ですね」
そのことを上條社長にも伝えてみた。
「そうだな」
上條社長は辛そうに俯き、言を繋いだ。
「YUKINAには憧れのモデルがいてな……彼女はそのモデルのようになりてくてモデルを志望してきた」
え?なんだそれ?
ますます”らしく”ない。
なんか違和感を感じる。
俺は少し納得のいかないまま、社長に尋ねた。
「らしくないですね?あいつメチャクチャ頭いいのに、発想がミーハー過ぎませんか?」
「それはYUKINAが憧れて目指そうとしたモデルがIZUMIだからだ」
「え!?そうなんですか?」
「IZUMIはそこらのアイドルと訳が違う」
そんなものだろうか?これについてはIZUMIというモデルを全く知らない俺にはなんとも想像し難い。
上條は憂いの顔を俺に向けて続けた。
「IZUMIの影を追うYUKINAはどうしてもIZUMIに似てくる。だからYUKINAを見てると私もどうしてもIZUMIと重なるのさ」
そうか、社長にとって向坂を救うことが贖罪になってしまっているんだ。
これは……なんとも重い話だ。
「IZUMIにも私でなく……君のような存在がいてくれたらと思ってな」
「……それは俺を買いかぶり過ぎですよ」
「どうなんだろうな……」
最後に上條社長は泣きそうな顔でそういった。
上條社長とIZUMIというモデルの間に何があったのかなんて知る由もない。ただ少なくとも俺のような一介の学生にまで協力を仰ごうとするのは逆にそれだけ今回は同じ過ちをしたくないということなのだろう。
ほどなくして俺たちはスタジオに到着した。
上條社長は正面エントランスから堂々とスタジオに入ってしまった。
「社長、いいんですか?正面から俺と入って」
「え?ああ、構わんだろ」
「なんか、適当っすね?」
「フフ、もう君との関係が皆にバレても問題ないだろうと言うことさ」
「関係バレるとかやめてくださいよ……なんか親密な関係が有りそうじゃないですか……」
「さっきなりかけたもんな?いや櫻井のあの時の顔……グッときたなあ~」
「マジそれは勘弁してください!」
思わず俺も大声を出してしまった。
楽しそうに大声で笑う上條にスタッフの注目が集まる。
そこにはモブ野本の苦み走った顔や、目をまん丸にして驚いているあざと高校生のMISAKIの姿もあった。
上條がこんな軽口叩く程に上機嫌なのは、きっと俺の協力に少しは期待をしてるのだと思うと少しホッとする。
また正面から入って、敢えてスタッフに目立つよう振舞うのもきっと彼女にとっては意味のあるパフォーマンスなのだろう。つまり俺の存在をスタッフに印象付けている。
「じゃあ、櫻井、私は部屋に戻るから」
「はい、ご馳走さまでした」
「YUKINAはもう少し撮影かかるだろうからゆっくりスタジオでも見学していったらいい……綺麗な女性ばかりで目の保養になるぞ……フフフ」
「もう社長の美貌でお腹いっぱいです……」
「お?白状したな?……ハハハ」
上條は俺のウンザリした顔を見てケラケラと笑いながら踵を返し、後ろ向きでサッと片手をあげながら去って行った。
そんな仕草一つでも上條という人間は様になる。
いや……ホント凄い人だ。
ホント危ないところだったよ……いろんな意味で?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます