第13話 宣言

 向坂は、不安な表情を残したまま、撮影のため社長室を出て行った。


 残されたのは俺と上條社長。


「さて、どこ行こうか?」


「二人で話すだけなら、ここで話せばいいのでは?」


「せっかく綺麗な社長からの食事の誘いだぞ?むろん君の食事代だって私が支払うのだから断る理由はないだろ?」


 いや、普通学生の分際で芸能スタジオの社長との食事とかハードル高すぎなのに気付いてくれよ?今までは平静を装ってたけど、こっちは緊張しっぱなしだ。正直、早く解放してほしい。


しかしそんな俺の想いを無視して社長はすでに立ち上がって出かける支度をはじめてしまっている。


「1Fのスタジオを通ると、みんなの憶測が面倒だから、裏階段から出ましょう」


 そう言って、俺に有無を言わさずに上條社長はすぐさま部屋を出てしまった。




 俺と上條社長は、薄暗い……あまり利用されていない裏階段から階下に降りた。


 それにしても薄暗いなこの階段は。


 ホント幽霊とか出そうなレベル。


 殺人事件とか起きてないよな……ここ。


 そんなどうでもいい妄想しながらも、上條社長が俺を外に連れ出す意図をあれこれと想像していた。




 上條社長と俺はスタッフに見つからないように裏口から道玄坂の路地に出た。




「櫻井君、何か食べたいものはあるか?遠慮しなくて良いぞ?」


「ありがとうございます。でも軽いモノでいいです」


「なんだ、せっかくの機会だしガッツリ食べればいいじゃないか?若いんだから」


「いや、社長と一緒でガッツリ食べる自信はないですよ」


「アハハ、そんな身構えないでくれよ。少し世間話をするだけだ」


 世間話なわけあるかい!!と、思わず心の中で渾身のツッコミを入れた。


 そんなとりとめもない会話をしながら200mほど歩くとオシャレな洋食店が見つかり、俺に確認することもなく上條社長は慣れた様子で入っていった。


 抗うことはできず俺も後に続いて店内に入った。


 やや高級感のある店内は、昼時なのに比較的空いている。


 俺たちは窓際でゆったり座れる四人掛けの席に座った。


 出されたメニューの金額を見て平凡な学生の俺はびっくり仰天。


 下手に注文すれば俺の一か月の食費が吹っ飛ぶレベルじゃないか。


 ランチにこんなお金をかけるとか間違ってるだろ?


 まあ空席が多い訳だよな……




「好きもの頼んでいいからな?若いんだから沢山食べな」


 なんか、さっきから「若い」ってワード使いすぎでしょこの人。これは年齢コンプある人の頻出単語ですよ?


 って、年齢コンプの社長にちょっと同情しちゃったじゃないか。



 俺は軽めのパスタを頼もうとしたら、上條社長は一番高いフルコースを二人分頼んでしまった。


 うわ~俺の一か月の分の食費のコース。社長様、ゴチになります!




「さてと……」


 上條社長は注文を終えると急に顔つきを変えた。


 ほら、来たぞ。


 俺は彼女のその表情を見て全身のセンサーはJアラートレベルの警告音を発した。


「最初に言っておくけど……YUKINAの問題は君の手には負えない。だから中途半端に関わるのはやめなさい……私が言いたいのはそれだけ。素直に聞き入れてくれれば話はそれでおしまい」


 ここに来るまで、また店に入ってからもことさら優しい言葉で警戒レベルを落とし安心させておきながら、突如シビアな物言い。


 その落差で一気に精神的動揺を誘う……


 さすがに俺は虚を衝かれ、一瞬、恐怖のあまりに震えがきた。


 全く、学生相手に本気にださないでほしいな。




 しかし辛うじてキープできた俺の客観的視点で分析するなら、この練りすぎが演出が妙に偽物くさく感じた。


 これを自然にやられたら間違いなくチビってたな。



 彼女は、何でこんな演出めいた事までして圧力をかける必要があるのか?


 余裕のある人は、無理にこんな圧力なんてかけてこないでしょ?


 だとすると、俺という一見小賢しく見える?学生を、意外にこの人は警戒しているのかもしれない。



 まずはそこを指摘してあげよう。


「社長、そんなに身構えないでくださいよ?」


「はあ?私が何を構える必要がある?さっきから身構えていたのは君の方だろ?」


 顔を綻ばせたが、目が笑ってない。まだ緊張感を解いてない。


「いえ、変凡な学生にそんな厳しい言葉をかけてきたので、まだ僕のこと信用してくれてないのかと」


「信用?YUKINAの友人に何を警戒する必要がるというのだ?」


 もう面倒だ。そろそろぶっちゃけとくか。もう出たとこ勝負だ。


「いえ、学生相手に高度な心理戦とかやめてくださきたいと思ったもので。できればそういうのは社長と面談する取引相手だけにして下さい」


 ちょっと生意気な物言いだと思ったが、こっちだって余裕はないからしかたない。


「フフフ、なるほどな。分かってるといいたいのだな、私の小細工を」


 だ、だから怖いってこの人。そんな睨まんでくれ。


「じゃあ、もう一度丁寧に言ってやろう。YUKINAは君と同じ学生だが、Kスタジオでは大切なモデルだ。そして君が気付いた通り、人間関係で彼女は苦しんでいる。YUKINAから言わせると君は彼女の助けになるかもしれないらしい。でもそんな話を私は易々と信じる訳にはいかない。今ここでYUKINAの周りに男の影が見え隠れするのは迷惑なんだよ。だからもう一度言う。中途半端にYUKINAに関わるのはやめてほしい」


 なるほどね。まあそうだよね。社長が言うことが正しい。この人はきっと並々ならぬ苦労をしてモデルから社長にまで上り詰めたんだろうと思う。俺のようなちょっと心理学をかじった程度で敵う相手ではない。


 ただ、社長がさっきから気にしている「若さ」ゆえにできることだってあるんですよ?


 若者は確かに考えが浅い。絶対的に経験値が足りない。でもだからこそ余計なことを考えずに突進できる強みがある。その若者の”無謀”という名の突進力を侮るなかれ……


 例えば、こんなのどうだ!


「僕は中途半端に彼女に関わる気なんて毛頭ありませんよ?僕は向坂に告白して真剣に付き合います。僕がこのスタジオらか向坂を守ってみせます!!」


 どうだ!!


 秘技!”お姫様を救い出すヒーローになった気になってる青臭い学生のピュアな使命感攻撃!!(長い)”


 上條社長がどんな顔をするかひやひやしたが、その表情は俺の予想とはずいぶん違っていた。


 なぜか上條社長は、嬉しそうにニヤリと口角を上げた。


「さすが櫻井!」


 は?


なんで”さすが”なの?


「そこまで先回りしてしてくれると助かるよ」


 先回り?え?どう言うこと?


「まさかこんなに、早く”そこ”にたどり着いてくれるは思わなかったな。凄いなお前?」


「あのーちょっ~と意味が分からないんですが?」


「だから狙い通り、私がたどり着いて欲しかった結論に即座に君がたどり着いてくれたことに感激しているんだよ」


 マジ?ひょっとして俺、はめられた?


「冷めた態度の君のことだからもっと煽らないと難しいかと思ってたが」


「も、もしかして僕のひとり相撲ですか?」


「策士策に溺れるってやつだ。いい勉強になっただろ?アハハ面白い」


 ナニやってんだよ俺?勢い余ってなんで告白宣言しちゃってんの?


 俺は自分のしでかしたことの重大さに気づき……顔から火が出るほどに恥ずかしくなった。


 そうか……だから向坂を遠ざけて俺とサシで話をした訳か。


「でも櫻井……告白された時の真剣な眼差しはチョットおねえさんドキッたしたぞ?」


「いえあなたに告白してませから」


「フフフ、あれをいつかYUKINAにやってやれ……」



「な……、それは……」


 あまりの動揺に言葉にならない……


「若いっていいわ~…」


 この態度見て、本気でイラっときた。しかしまあ、俺には到底敵わん相手だ。


 マジこえーな、大人って。


「さて、念のため確認するけど、さっきの”告白宣言”は売りことばに買いことばじゃないんだよな?本気って思って良いんだな?」


「そこに二言はないですよ。だってみんな彼女に惚れまくってんのに、俺、いや僕がが惚れない理由ないでしょ?」


「僕ってキャラじゃないだろ、俺でいいよ」


「じゃあ以後、遠慮なく」


「フフフ。で、そのことなんだだが」


「え?」


「彼女が惚れられまくるって話だ」


「ああ……それですよね」


「ライバル多くて大変ね?」


「いや、ポイントそこじゃないでしょ?」


「あら、余裕あるんだな?」


「そんなもん、ある訳ないでしょ?」


「……フフ……でもあなたも心理学勉強してるんでしょ?何か心当たりあったりするの?」


「う~む……まだ、ちょっとわかりませんね」


「そう……」


「でも……いいんですか?」


「何が?」


「いや、それは……その……俺なんかで?」


「あら、勘違いしないで?それを決めるのはYUKINAでしょ?あんたがフラれたら、また他を頼るわよ」


「またって……いつもこんな風に社長に踊らされる若者がいるって事ですか?」


「安心しな、こんなことしたのは君が初めてだ」


「そ、そうですか……」


「でもまあ、YUKINAが貴方を頼ったのは事実の様だし?……生意気に私を出し抜こうなんて小賢しい事もしてきたし?……それは私の思う壺だったけど……まあ、今のところはあなたの事は応援してあげる」


「あ、ありがとうございます……」


 俺をここまでま誘導したって事は、上條社長は俺というカードでこの問題を解決する方向に舵を切ったと思っていいのだろうか?つまり、それは俺に向坂へ深く踏み込ませようとしているとも取れる。一応俺に期待してくれているのか?



「でも、さっきあたなが言ってたみたいに彼女を辞めさせれはそれで解決とか安直な事は考えないでね?……彼女はアレはアレでモデルの仕事好きだから、その気持ちを諦めて欲しくないんだよね」


「へ~優しいんですね」


「当たり前でしょう?君が心配してくれたようにKスタジオにとってYUKINAは大事な稼ぎ頭だからな……」


 上條はおどけて、そして少し照れを誤魔化す様にそう言った。


「さあ、ひと仕事終わって、これでゆっくり食事できるね?……タップリ食べな!若者!」


 こんだけ精神的に揺さぶっておいて……タップリ食べろとかどんな拷問ですか?


 しかし……やはり読み通り上條社長は向坂の良き理解者だ。この社長がいるなら向坂の事も少しは安心なのかもしれない。


 いや、あの社長をしても解決出来ない難問と見なければならないのだろうか。


 ……こんなヘビーな案件、俺なんかで良いのだろうか?

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