第6話 衝撃
今朝は向坂雪菜との邂逅という非日常な空間に翻弄されてしまったが、午後になってようやく平常運転に戻る事ができた。
午後の講義は四限だけなので、向坂と別れてから随分と時間を持て余してしまった。
俺の平常運転は安定のボッチ。だからキャンパス内をあっちウロウロ、こっちウロウロ。
同じ場所を何度も往来していると、なぜか何度もすれ違う貴方もきっとボッチなんですね?貴方にちょっと悲しいシンパシーを感じちゃいましたよ。
さて、四限は英語のリーディング1コマだけだ。大学ならどれ程の高度な英語を学ばされるのかと思ったら拍子抜けするほどに平凡な講義だった。
おおよそK大学を俺のように一般受験で通ってきた人間の英文読解のレベルは相当高い。
別に自慢をしたい訳ではない。
K大学に限らず、難関私大の英文読解の難易度は異常過ぎるということを言っておきたいのだ。
それが必要な難易度ならまだ許せるが、どうやらそうではないという噂も聞く。
「こんな中世の古文を読ませて、日本の大学は受験生に何を期待ているのだ?」
こう語るアメリカ人教育者のインタビュー記事を読んだ事がある。
そんなただ難しいだけで、現代で使いようのない英文を読ませて何になる?
おかげで専門用語さえ押さえてしまえば、自分の興味のる英文献を楽に読めるのようになってしまったではないか!……あれ、役に立ってるな?
なんだ日本の英語教育、結構いいんじゃね?
しかし、そんな過酷な受験勉強を強いておいて、いざ大学の講義で今更なリーディングの授業を受けさせられると受験はただのイジメだったんじゃないかと本気で疑ってしまう。
英語力と言えば、向坂の実力も度が過ぎている。
深層心理学の、しかも日本訳された図書ですら「難しい」とされるミンデルの原文をあたりまえのように可愛い……でなくて涼しい笑顔で「全部読んだ」という言い放つんだらホントビビる。
今の時点で既に読破していると言うことは、読破したの高校時代だよね?
高校時代でその語学力ってなんなんだよ?
例えば帰国子女とか?
メッチャあり得るな。
今度聞いてみよ……
また話す機会があるのか?いやあってくれよ、頼むよマジで。
まあ向坂は、K大学においてもぶっちりの天才と呼んで差し使いえないだろう。
さて、入学してまだ二週間だが、講義で顔を合わせるメンバーの顔もぼんやりと覚え始めている。四限の英語でも見たことがある顔がチラホラといる。
俺は今朝の田尻の講義とは対照的に、最後列の席に座った。申し訳ないが、この講義を真剣に聞くモチベーションはなかった。
そういえば、こうやって見覚えのある顔ぶれを見ていると、向坂とは今朝の講義以外で全く顔を合わせていないことに今更ながら気付かされた。あれだけのインパクトだ。一度でも見かければ、決して忘れることはない。
そもそもあいつ心理学部なのか?
そんな事まで分からない。
さっきは田尻トークばかりして肝心のプロフィール交換しなかったもんな。
どうでもいいんだが、さっきから向坂の想像ばかり捗り過ぎだろ?さすがにキモイか?いや、こんなもんだろう。平均的な大学生男子は、そうだよね?
「異性ばかりを気にする大学生になりたくない」といっていた俺が、そんな「平均的な大学生」に自分をカテゴライズすることで安心するとか、どんだけポリシーブレまくってんだよ?と苦笑してしまう。
俺はこの通り頭を向坂一色で埋め尽くして講義が始まるのを待っていたのだが、不意に”トンッ””と背中を叩かれて振り返った。
一瞬、向坂かと思ったが(だから向坂のこと考え過ぎ)、そうではなく先日一言二言会話した……確か名前は、逆井だ。
「よう、櫻井?……なんだよ、露骨にガッカリするなよ?」
「いや、してねーし」
「誰だと思ったんだよ?」
「逆井だと思ったよ」
「嘘つけ、今の反応は女を期待していただろ?」
「俺がそんなキャラに見えるか?心外だぞ?」
「しらばくれるなよ?ほら白状しろよ?」
なんだコイツやけに食いつくな。
逆井は、いくつかの講義で顔を合わせる唯一「名前と顔が一致する」奴だ。見た目は少し明るく染めた茶髪がチャラい印象を受けるが、嫌みのないファッションセンスでそのチャラさを消している辺りが小賢しい。
容姿も今どきのアッサリ系で身長も高い。平均的な大学生よりも「イケてる男子感」を醸し出している。
一言でいえば、癪だが「こいつ結構モテルだろうな?」というカテゴリに入る男だ。
「いやさ、俺と櫻井ってそんな親しい訳じゃないだろ?」
「なんだよそれ?親しくないのかよ?俺が親しいと思ってたら凹んでるところだぞ?まあ俺も思ってないからいいんだけど」
「ハハハ、相変わらず面白いなお前は」
「面白いなんて言われたことないわ」
「まあ、聞けよ。お前さっきさ、A棟のカフェで……」
ああ、分かったよ、お前の言いたいことは。はいはい。それな。
それにしても凄い影響力だなあのお嬢様は。少し会話しただけであっという間にこの拡散力。なにSNSだよまったく。
「残念ながら、向坂は今朝、隣の席になって少し話しただけ。俺を出しに彼女に近づこうなんてやめてくりょ」
「はは、向坂さん狙いだってバレてたか。まあぶっちゃけそうなんだけど」
「そこは自力で行けよ。もう高校生の”シャイな僕”じゃないんだろうし」
「でも櫻井、向坂さんともう連絡先交換したらしいじゃん?」
「え?なんで知ってんの?」
「もう噂になってるぞ?」
「はあ!?噂?なんの噂だよ?女子と連絡先交換したぐらいで噂とか恐いんだけど?」
「そりゃ、お前が普通の女子と連絡先交換したところで噂にならんよ。向坂さんだから噂になるんだよ」
「別に向坂だって、連絡先の交換ぐらいはしてくれるだろ?お互い大学生で交流は広げたい訳だし?」
「おまえ、わかってねーな?俺が知る限り男子で向坂さんはガードがメチャ堅いらしいぞ?想像するに、同学部、他学部、サークルの先輩連中含めてだれも連絡先は交感できないらしいぞ?」
「そ、そうなのか?」
ここにきて俺は固まってしまった。
それはないだろう?さっき俺にあっさり携帯番号を教えた向坂を見て「ちょっとガード甘すぎないか?」「踏み込み早すぎだろう?」と心配になったばかりだ。
とてもそこまでガードが堅いという印象はない。
「それ、噂だろ?事実じゃないと思うぞ?」
そう言ってみたが、どうにも落ち着かない。
考えると色々と驚くことばかりだ。まず向坂の影響力もここまで来ると異常だ。俺と少しカフェで交わしたやり取りが噂レベルで逆井という一介の学生の関心ごとになっているなんてさすがに行き過ぎている。
向坂って何者なんだよ?
うすら寒い思いが背中を通り抜けた。
「そもそも」
と言いながら逆井は続けた。
「向坂さん、なかなか大学にいないから姿見るだけでレアだろ?」
「ああ、さっき思ったところだ。俺も今朝の講義がおそらくはじめてだ」
「そりゃ仕事忙しいだろうからな」
「仕事?バイトの話?向坂のバイトしてんの?」
「はあ?おまえ、マジで言ってんの?」
「え?何が?」
「お前さあ」
「な、なんだよ」
「彼女、人気モデルのYUKINAだぞ?」
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