第4話 期待
女性にしか興味のない大学生
これは俺が最も忌み嫌うタイプの野郎どもの姿だった。
大学に入った瞬間、今まで満足に女子と話したがことないクセに手のひらを返して女性に図々しく接する輩。
そんな初対面の女性に、根掘り葉掘りと質問するような前のめりなウザい男にだけはなるものかと心に誓っていたのだが……
向坂という女性を前にすると、そんな俺のポリシーが一瞬で瓦解してしまいそうだ。
俺のようなコミュニケーション劣等生は、経験が足りない自分を正当化するために自分の行動を「ポリシー」という名の元で制限しようとする。
「俺は女性にガツガツ行くようなみっともないマネはしない」
これもそんな行動の制限だ。
一旦このような「ポリシー」にかこつけた「逃げ」の感覚を覚えてしまうと、行動範囲がどんどん狭まっていく。
そんな行動パターンをしていたら、どんどんコミュニケーションスキルは落がる一方だ。
だって行動しないんだから。
……すると、さらに行動しない自分を正当化さするために新たな「ポリシー」を作り出してもっと行動を制限するようになる。
こうしてグルグルと負のスパイラルに巻き込まれて、どこへ行っても冒険せず、ただ”自分を守る”という、それだけのために行動できない俺のような人間が完成する。
しかし、向坂という美女の出現が、そんな俺に変容を強いてくる。
彼女が持つ強力な吸引力とインパクトでその負のスパイラルから俺は、一気に引きずり出されようとしているのだ。
今まで俺が、こうしたウザイ男の様なプッシュをしてこなかったのは、プッシュするようなシチュエーションそのものから逃げていただけなのだと改めて思う。
健全な男子が素敵な女性を見つけたら果敢に攻めるのは本来、普通の風景。
「なんかウザイ男の気持ちがはじめて理解できたよ!」
「俺、また新しい発見しちゃったな」
などと無理やり自分を納得させて、自身のポリシーを翻して向坂に根掘り葉掘りと質問をすることにした。
「向坂さんは、もう新歓コンパとか参加してるんでしょ?」
「あ~……まあね。でもちょっとね」
向坂は心底ウンザリした様子で苦笑いを見せた。
「ああ、だよな」
「え?わかる?」
「わかるよ」
俺ですら、その状況がありありと想像できてゲンナリする程だ。
そのコンパに参加した男子全員の関心が向坂に向いたであろうことは容易に想像できる。
そしてサークル勧誘と言う”お題目”をすっ飛ばしてただ個人的に向坂と仲良くするために必死すぎる男子ども乙……という風景が展開されたはずだ。
向坂にしたらこれだけで煩わしさマックスだ。
しかも当然それを真横で見せられる平均的な女子学生が面白い訳がない。彼女らにしたって「K大学の女子大生」というブランドがあれば、場所によってはチヤホヤされるのだろう。
そこに運悪く向坂と言う規格外が混ざりごんだお陰で、いきなりのモブ認定。下手をすればただの引き立て役。
「チッ!アイツさえいなければ……」なんて小声で舌打ちする姿がありありと思い浮かぶ。マジ女子大生怖え~。想像するだけで身震いしてしまうよ……
「いやご愁傷様としか言えんな」
「でしょ?なんかあの手のサークルで上手くやってく自信ないんだよね」
まあ、月並みだが美人は美人なりの苦悩があるってことだ。
サークル活動は、想像するに大学生活ではなくてはならない重要なコミュニティーであることは間違いない。
高校時代のようにクラスで毎日顔を合わすシチュエーションは無くなるし、選択する講義もまちまちだから「同じ学部に所属する」だけでは強い人間関係は構築し難い。
大学生だってボッチは回避したい。だから自分が安心して帰属できるコミュニティーに属していたいと思うのが真っ当な発想だ。その時、もっともインスタントに帰属できるのがサークルだ。
K大学のキャンパスには「出店」と呼ばれるサークルの溜まり場が多く存在する。
高校時代の部活には部室があったが、大学サークル全てに部屋が割り当てられることはない。
星の数ほどあるサークルにそんな事は土台無理な話。だから多くのサークルは決められたエリア内でテーブルと長椅子を置き、「出店」と呼んでそこを溜まり場としている。
講義の空き時間、サークルに所属しなければキャンパス内に自分の席なんてどこを探してもない。こんな輩は行き場もなく「購買でウロウロ」「図書館でウロウロ」「知り合いを探して講堂をウロウロ」と一人寂しく彷徨う羽目になる。
サークルメンバーなら講義の空き時間には、ボッチを避けるためにこの出店に集まって時間を潰すことができる。
「そこに行けば誰か知り合いがいる」
サークルの出店はもはや「ボッチ回避エリア」とも呼んでいいような気もする。
思わずサークルに入らずボッチでウロウロしている自分を想像して暗い顔をしていていたら、不意に向坂が会話を進めた。
「ところで義人くん、行くでしょ?」
「え?どこに?」
「だから、田尻のサークル説明会」
「ああ、そんなのあるんだ?……って、だから俺その情報持ってないからね?」
「フフフ、そうだったよね」
向坂はそう言って勝ち誇ったように形のいい口角を上げた。
「で、いつ?」
「再来週の木曜日だったかな?私、案内チラシ貰ったから後で画像にして送るよ」
そういって向坂はハンドバックからスマホを取り出した。
向坂さん?
これって、アレですよね?
モテナイ男子が憧れるあのシーンですよね?
所謂、美女との連絡先の交換!?
「義人くん、携帯番号教えて」
だから踏み込み鋭すぎるよ?あなた。
不意打ち過ぎて、わたわたと慌ててしまった俺の手は、ズボンの後ろポケットにあるスマホを掴み損ねてしまった。
派手な音を立てて、床に落下したスマホ。周りの客も何事かと視線を向けてきた。
うわ、めっちゃハズイ……。これは動揺悟られたか。
ここは素直に開き直ろう。
「女子と連絡先交換するの久々で動揺しちゃったよ……」
「またまた、ご冗談を。義人くんの連絡先はみんな聞きたがるでしょ?」
「いやいや、なにそれ?それなんの冗談?お世辞もそこまでいくと嫌味だから……ぜんぜん笑えないからね?」
まったくこの娘は何を言い出すのやら。どこをどう見れば俺みたいな陰キャラに関心を持つ女子がいると言うのだ。
向坂は、”なんで?”とばかりに顔を傾げて不思議そうな顔をした。
まったくこの娘は鋭いのか鈍いのか……ほんと理解に苦しむ。
「はい、送ったよ」
向坂は慣れた手つきで俺にさっそくショートメールを送ってきた。
”雪菜です。届いたよね?LineIDです。すぐに登録してね(ハートマーク)”
短い短いセンテンス。
でも女子からのメッセージを見なれない俺としてはこんな言葉だけでも頬が緩む。
だって向坂からだぞ?おい!
しかも短いセンテンスながら突っ込みどころもある。
なんで急に"雪菜”なんだよ。次から"雪菜”って呼んじゃうぞ?
ハートマークとか、ベタすぎて嬉しくないからな……いや、結構嬉しいな。うん。
「おおサンキュウ。雪菜ちゃん」
照れ隠しで、おどけた調子で、ちょっとだけ冒険して「雪菜ちゃん」と言ってみる。
「すぐに登録しておいてね?」
と向坂は、サラリと普通すぎるリアクション。
って俺の冒険はスルーですか?スルーですよね。知ってました。
俺はラインのアプリを立ち上げて早速「向坂雪菜」の登録をした。画面の"メンバー”には家族と高校時代の友人数名。そこに昂然と輝く向坂の名前。きっと俺がラインを立ち上げれば、まず目が行ってしまうであろう、その名前。
でもこれは俺だけの話。
向坂のラインに並ぶ名前の数はいったいどれくらいなのだろうかと想像してみる。きっと高速スクロールしなければ全部チェックできない程だろうということは容易に想像できる。
そんな向坂のラインに並ぶ数え切れないほどの名前。
その中の一人に過ぎないのが俺の名前だろう。
ここに温度差が生じないように注意が必要だ。
俺の画面では最重要ポジションだからって、うっかり高速レスポンスしてしまうと「どんだけ私のライン注目してるの?」って気持ち悪がられる。これは要注意だ。
このやり取りの中で、ラインをざっとチェックしていた向坂の表情が少しだけ曇ったことを俺は見逃さ科なかった。
「あ、義人くんちょっと急用」
「あ、そう」
俺もまだ初対面だから、深追いはしない。でも今までの快活な少女にも見えた彼女の表情がまるで別人のような表情に変化したことにぎょっとした。
「義人くん、また連絡する」
向坂は直ぐに今まで見せていた明るい表情に戻したが、そんな表情をコントロールでもしているかのような彼女に得体の知れない”何か”を感じた。
俺の思い過ごしだろうか?
「じゃあ、義人くん今日はありがとう。心理学の話とか面白かったよ」
向坂は、いそいそと立ち上がり早々にカフェを後にした。
別れ際、本当に嬉しそうに美しすぎる満面の笑顔で俺に手を振った。
「今度、連絡するね」
「お?お、おお……分かった」
こういった女性との分かり際の所作にも慣れない俺はなさけないかな、中途半端な返事で中途半端に片腕を上げて、さらに掌も中途半端に開いて向坂を見送った。
さて、風のように去っていった向坂。
俺はしばらくカフェに残った。
俺はどっと疲れて放心し動く気になれなかった。
一人になると……いままで向坂という美女が目の前にいたことが、夢物語だったような錯覚に陥る。
なんか凄いことになってきたな。
しかし最後に見せた向坂の不穏な表情が少し俺に胸に引っかかっていた。
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