第15話:信じられる理由
運動会はスケジュール通りに進行していき、今は開会式が行われている最中だ。
拙い言葉遣いで選手宣誓をする園児を見ていると、心が和む。
可愛いなぁ。なんて思ったりしちゃうんだよね……ロリコンではないからな。
それはともかくそろそろ正輝君に連絡しておかないと。志世の為にも、正輝君の為にもな。
家から持ってきたタブレットからネット電話を掛け、しばらくすると向こう側から声が聞こえてきた。
『もしもし、新道です』
「こんにちは、緑です。早速ですけど、今開会式が始まったところです。そちらはどんな感じですか?」
『そうだね、今は皆各自で仕事をし始めたところかな。進捗としてはなんとも言い難いけど。でも運動会には行こうと思ってる』
「分かりました。じゃあ僕が迎えに行きますよ。とりあえずこのまま繋いだままにしておいてください。多分もうすぐ開会式が終わって志世たちが戻ってくると思うんで」
『分かった。迷惑を掛けてごめんね』
「気にしないでください。俺がやりたくてやってるんですから。それに志世にも心にも喜んで欲しいですし」
そうこう会話をしているうちに、開会式が終わって志世たちが戻ってきた。
なのでテレビ通話に切り替えてもらい、こちらもインカメラに切り替えて、志世たちが会話できるようにと準備を整えていった。
「たらいまー」
「見たか、みどり。僕はモテモテだ」
お姉ちゃんの心はまだ開会式しかしていないというのに、既にお疲れモード。心は俺と一緒でインドア派なのが見て取れる。
志世は疲れどうこうより、俺にモテているという証拠を見せたことで偉そうに横柄な態度だ。
モテてるからって何ですか、モテてるからそんな偉いんですか? ええ? モテてるからってそんな胸張れる事なんですか!? そうですか、ええ、そうですね。ごめんなさい。
ごほん。
「二人ともちょっとおいで。膝の上に乗っていいから」
二人を呼び、膝上に乗せる。
そして持っていたタブレットを顔の前に出してやる。
「あ、ぱぱ!」
「……」
画面の向こう側にいる父親に手を振る心。
ふいっとそっぽを向いて、意地でも会話してやらないと拗ねてる志世。
姉弟とて、似てない部分はあるな、なんて場違いな事を思ったり。
心はあまり父親に執着はしていない。というか、そこまで関心がないのかもしれない。正輝君が少し居た堪れないけど、そう見える。子供ながらに達観しているような感じだ。大人になった時、彼女はきっともっと大人だ。
それに対して志世はまんま子供で愛らしい。心が愛らしくないとかそういう訳じゃない。
ただ志世は感情のままに生きているって感じがする。パパが大好き、だから来てほしいとね。
『二人とも今日はごめんね。見に行けなくて。でも緑お兄ちゃんの協力もあって、画面越しからだけれど、二人が頑張っているところを見て、応援してるからね』
「こころがんばる! ぱぱもがんばれ!」
『ありがとう、こころ。……志世、こっちをみてくれないか?』
「いやだ!」
『志世、ごめんな。パパがこんなんだから志世に我慢させることになっちゃってごめんね。必ず行くから、パパと一緒に走ってくれないか?』
そっぽを向いてた顔はやっと画面に移った、が……。
「うそだもん、パパはうそつきだからこなくていい!」
そう言って、テレビ電話を切ってしまった。強制的に終わらせてしまったのだ。
……子供だな、どこまでいっても。まあ我慢を強いたげるのも良くないが。それとこれは違うよな。
「おい志世、今のはお前が悪い」
「ぼくはわるくない!」
振り返って怒鳴る。
一緒に座っていた心はそうなった志世を見てか、俺の膝から降りてママの方に駆け寄って行った。子供ながら本当に場を読みやがる。
その様子を見ていた瑞希がこちらを心配して来てくれる。だけど、言葉を発さずただ静かに見守ってくれていた。
「なんで切った。パパはここに来ようとしてるんだぞ。お前の為に、二人の為に。なのになんで電話を切る必要があった? 今のはパパは傷つける以外のなにものでもない。志世も我慢ばかりしているかもしれないけど、パパも我慢しているんだ。これを分かって欲しいなんて言わないけど、辛いのは志世だけだと思うな。皆、苦しいんだ。家族が一番に決まってる。ここに来たいんだよ、来たくないわけないじゃんか」
「……パパはこない。うそつきだから」
「来る。それを信じて待てよ。男だろ、ドンと構えてろ」
子供に対する言い方じゃないのは分かっているが、今の俺にはこんな言い方しかしてやることが出来ないことが不甲斐なかった。
「志世君、緑は嘘をつかないよ。パパと緑の言うこと信じてくれない? ……あー、ごめん。緑は嘘つくなぁ。やっぱり今のは取り消しだ」
あははっと笑う。
フォローしてくれたのかと思えば、そうではなかった。
思い返せば、そのはずで。俺達は嘘から始まった関係で、何なら俺が嘘をつかなければ、今頃ここに瑞希はいなかった。
茜と俺だけ、こうして会話に入ってきてくれるのはあの日の嘘が招いた幸運なのかもしれない。
「緑は極上の嘘つきだよ? でもパパはただの嘘つき。どっちが最悪だと思う?」
「……わかんない」
「それはね、緑の方が最悪なの。緑はすーぐ嘘つくから私は困っちゃったりするんだ。……でもね、志世くん。私はこんな極上の嘘つきでも信じてるの。きっと私を幸せにしてくれる。きっとこの人が私を楽しませてくれる。きっと彼と結ばれて良かったって後悔のない人生になるってことをね。私が緑くらいの極上の嘘つきを信じられるんだから、ただの嘘つきなんて、どうってことないよ。私に比べたら信じられる。簡単だよ、パパを信じてあげて?」
「……でも……」
「大丈夫だよ」
慈愛に満ちた表情で志世の頭を撫でる。その顔はまさに聖母だ。
「……分った。パパを信じる」
「そうこなくっちゃ! 緑よりパパだよ!」
「うん!」
妙な説得の仕方なんだけど、まあ今回は許してやろう。極上の嘘つき……まあ間違いない。否定はしないよ。あの日、会う前に家で高笑いをしてたなんて口が裂けても言えないな。
「まあそうだな、俺よりパパの方が信頼に値するよ。瑞希に誓うわ」
「みどり、みずきにありがとうしたほうがいいよ」
「なんで!?」
場が和み、俺達は口元が緩み笑いを堪えることが出来なかった。
「よし、じゃああとは俺に任せておけ。必ずパパは俺が連れてくる」
そう言うと、志世は俺じゃなくて瑞希を見て「本当?」なんて言いやがる。
瑞希はそれに答えて「本当よ、瑞希のお墨付きだよ。私の旦那だからね」と言って、俺の肩を力一杯パチンっと叩いた。
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