第12話:気持ちは複雑で、ややこしい


「今、すっごい美人さんが一人で焼肉に来てましたよっ! あんなに綺麗な人でも一人焼肉とかするもんなんですね!」


 トイレに行っていた柴ちゃんが戻ってくるや否や興奮気味に言ってきた。

 一人焼肉をする美人とは、一体どんな方なのだろうと気になってしまうが、こそこそと覗きに行くのは失礼すぎるので見に行くのはやめておこう。


「一人焼肉なら私もした事ある」

「俺も」

「えっ!? こんな身近にいるとは思いませんでした」


 身を引きながら申し訳なさそうに呟く。

 このご時世、一人○○ってのはよくある。例えば一人キャンプ、通称ソロキャン。アニメでもやってるくらいだし、一人映画とか一人ラーメン、一人ファミレスなど一人で行くことは別におかしなことではない。ただ人は一人で行くことが恥ずかしいと勝手に思い込んで羞恥に耐えられないだけで、周りからの視線が~なんてどんだけ自意識過剰なんだって話までになる。その感情さえ払拭できれば何だって一人で出来てしまうのだ。人はそれほど他人に興味はないんだから。一時の話題になるかもしれない、今みたいにあるかもしれない。けどそれ自体は一瞬の事で、逆に(人がいないと何もできないのか? 一人じゃ何もできないのか)と考えてしまえば、自分は一歩先にいると一人でマウント取ればいい。結局何処まで行っても個人の自由で第三者が口出しする事ではない。


 その通り話は一瞬にして移り変わり、俺の奥さんの話、つまり瑞希の話になった。


「先輩の奥さんとの馴れ初めが気になります」

「人の馴れ初め聞いて何が楽しいんだ」


 柴ちゃんからの話題を躱して、焼いている牛タンをひっくり返して焼肉奉行ばりにじっと眺めて網から目を離さないようにして、これ以上は聞くなよと伝える。

 だがその抵抗虚しく何も伝わっていなかった。


「先輩を射止めた決定的な瞬間を知りたいんですよねぇ。ほら、私は何もできなかったですし、将来にもしかしたら役に立つことがあるかもしれないじゃないですか?」

「役に立つ話は俺達にはない」


 だってそうだろ? 俺達の馴れ初めなんてお見合いした当日に結婚を申し込んで、断られるという流れでいたのにまさかの「こちらこそよろしくお願いします」なんて誰が想像した? こんな馴れ初めに役に立つことなんて何もないじゃないか。そこからというものの、色んな事があって振り回されて振り回してなんとか終着駅に辿り着いただけだ。


「あんな綺麗な奥さんをゲットしたんだから、馴れ初めって聞きたくなるもんじゃない? どこで出会って、どんな恋愛をして、ゴールをしたのかって気になる。私じゃダメだった理由も聞きたいものよ。でもそれは聞かないでとく」


「俺は別に気にならないからな。人の恋愛に興味があるのは、その相手が好きな時だけだ」


「じゃあそれは私達を指してるよね? ね? 芽衣ちゃん?」

「はい。まさにその通り」


 しまった。自分で自爆してしまった。


「……ったく、わかったよ。話せばいいんだろ? 簡潔にしか話さないからな。それと一切の質問にも答えない。何を言われようと、俺と瑞希の話だから」


 そう言うと二人は言葉にはせずこくりと頷いた。







 ……私は一体何を!?


「いらっしゃいませ。ご予約はしていますでしょうか?」

「い、いえ、してないんですけど……」

「かしこまりました。では一名様でよろしかったでしょうか?」

「は、はい……」


 確か私は帰ろうとしたはず。なのになぜ店内に入ってしまって、更に案内までしてもらってるのでしょうか? これじゃあまるでストーカーじゃない! 私はそんなんじゃないのに!(ストーカーです)

 言い訳になってないのかもしれないけれど、とにかく足がくるりと踵を返したわけなんです。私の意思とは反しているんです。身体が。


「では、こちらへどうぞ」

「ありがとうございます……」


 案内された個室に入ろうとした時に隣の部屋の人と目が合ってしまう。咄嗟に目を逸らしてしまった。その人が緑と知り合いとは限らないのに、私は異常なほどにドキドキして逃げるように個室に入った。


 部屋の外からは「新規一名様です」と、店員さんが言っているの声が耳に届く。

 とりあえず入ってしまったので、荷物を降ろして上着を壁にかけて、腰を下ろした。


 メニュー表を開いて注文をしようとした瞬間、隣の部屋から「今、すっごい美人さんが一人で焼肉に来てましたよっ! あんなに綺麗な人でも一人焼肉とかするもんなんですね!」と愉快な声で話し始める。


 ……私のことだよ、ね?

 いやいや違うよ? 誰も自分の事なんて美人なんて思ってない事もない事もないんだけれど、さっき目が合った子だろうと直感で思っただけだし、それに一人で焼肉に来ている人なんて部屋の案内されている時には見なかったもの。思い当たる人がいるなら、そうこの私以外にいないのだ。結論、私みたいなところだ。


 耳を傾けていると、一人焼肉の話は一瞬で終わったわけだが、その途中聞き覚えのある二人の声が聞こえてしまい、私の心臓は更にバクバクと音を上げた。


 雪菜さんと……緑だった。

 まさかの隣に案内されてしまったわけである。

 まずいまずいまずいまずい! これでは緑のプライベートを盗み聞きしているようなものじゃない。最ッ低よ! 私、今めっちゃ最低な行為をしてしまっているわ! ……でも、気になるから聞いちゃう。


 壁に耳を近づけ、聞こえもしない呼吸すら止めて、聞き耳を立てた。

 どうやら私との馴れ初めを聞きたい二人がいて、それを聞かせまいと奮闘している緑がいるわけだ。容易く想像してしまえるところ、私ってば緑の色んなことを知れているんだろう。うふふと笑みが零れるのも仕方がない。


 一旦、耳を離して注文を一通りしてまた耳を傾ける。

 店内はジャカジャカと音楽が鳴っているわけではないので、集中さえしてしまえばちゃんと聞き取ることができるので、瞑想するように目を瞑って……全集中、壱ノ型—聞耳一閃。ピシーンッと稲妻が走るように周りが静まり、緑の声だけが聞こえてくる。我ながら何をしているんだろうと何回思えばいいのだろうか。


「俺と瑞希はお見合いで知り合って、その日に結婚した。結婚するつもりなんて最初はなかったんだ。断りたかったから、敢えて結婚を迫るという形を取って、勢いのまま結婚してくれとせがんだ。そしたらまさかOKで焦ったのをよく覚えている。そのまま波に乗って、役所へ行って婚姻届を提出した。これが俺と瑞希の出会いであり、ゴールだ」


 うんうん、そうだったね。今では笑える話だよ。でもあれがなかったら私達はきっとここまでの関係にはなれていなかった。お互いが好きになるなんて奇跡のようなものだから。私はどこかで緑に期待していた。だから私は嫌じゃなかった、彼と結婚することに嫌だと思った事はなかった。なんで? って聞かれてもわからないけど、第六感とでも言ったらいいのだろうか? 私の行動はそんな感で動いていたのかもしれない。『初めまして、結婚しましょう』なんておかしな話だけど悪くなかったんだよなぁ。


 緑の話を聞いた二人は多分『どういう事? じゃあ好きじゃないって事?』って思うだろう。まあ案の定そう言われているわけだけど。


「好きだよ。色々あったんだ。その結婚してからすぐに同居することが決まった。いや、決められてしまったと言った方が正解だな。それから一緒に暮らす様になって、あいつの色んな顔を見て、どんどん惹かれていった。他の女の人とは違っていて、彼女は本当の俺を見てくれていた。そこが一番の理由。それで好きになった」


 ……ばか。人が聞いてるとも知らずに。当たり前だけれど。


「失礼しまーす」


 店員さんがノックをして入って来たので、私はこれ以上話を聞くのは緑に失礼だと思ったので、そそくさとご飯を食べて帰ろうと食事に集中することにした。







 馴れ初めとやらを説明したら、二人はお互い顔を向け合って頷いた。


「こりゃ勝ち目ないわ。最初聞いた時はハァ? って思ったけど、ちゃんと好きってのがすごく伝わってきた」

「ですです。なんかもう顔から幸せの花をばら撒いている感じがしてちょっとウザかったですけど、勝ち目ないってよくわかりました」


 俺そんなに変な顔してた? 大丈夫? 顔、だるんだるんに緩んでなかったか?


「ごほんっ、ならもういいな? 帰るぞ」

「ですね。早く帰って奥さんに会いたいですもんね」

「ばっか、そういうことを言うんじゃねーよ……そうなんだけども……」


「「うっざぁ」」


 惚気てんじゃないわよ、この垂らしめ。という恨み言までちゃんと後付けありがとう。ごめんなさい。


「じゃあ会計してくるわ、今日は俺のおごりって約束だしな」

「「色々ごちでーす!」」


 嫌味が入っていたのをツッコむのもめんどくさかったので、席を立って会計をしにレジへ向かうと——。


「——っ!? 瑞希!?」

「ひゃっ!? えっ、あっ、ぐぐぐぐぐ偶然ねぇ?」


 あからさまに動揺して、笑顔もぎこちない瑞希。そして焦りすぎて小銭をぶちまけた。


「なにやってんだよ……」

「いや? 別に、なんか焼肉食べたいなーって思って?」

「この前食っただろ」


 俺は小銭をぶちまけたことを言ったのだが、まあいい。


「つまり俺が心配になって、GPSを使って居場所を掴んだと。本当は帰ろうとしたんだけど、気付いたら足がこっちに進んでしまっていた——で、どこの個室に居たんだ?」

「え!? なんで分かるの!?」


 はい、自白しました。彼女は確信犯です。


「大体は分かるだろ。居場所まで掴めるなんて、GPS以外に何がある。というか、どんだけ信用ないんだよ」

「違うの……その、頭では分かってても分かってないって言うか……とにかく心配だったの!」


「逆ギレやめて? 別に怒ってないし……何となく言いたいことは分かるし。俺が逆の立場だったら気になるしな?」

「でも今日で緑は違うって分かったからいいの」


 ん? 何が? どうやって?


「瑞希よ、お前もしかして……隣にいたのか?」

「え!? なんで分かるの!?」


 こいつやってますわ。


「それは瑞希が馬鹿だから」

「馬鹿じゃないわよ!」

「あのぉー、お会計……」


 会計の途中だったことをすっかり忘れていた。


「あっ、すいません! 今払いますから!」

「俺が払うわ。心配かけたわけだし」


 瑞希がお札を出そうするのを制止して、財布からクレジットカードを取り出し、店員さんに渡した。


「……自分で払うのに」

「まあまあ俺は旦那なんだから良いじゃないか」


「でも……」

「じゃあ今度なんかご馳走してくれよ」


「分かった! じゃあ回らないお寿司をご馳走してあげる!」

「よしきた。今度行こうな」


 瑞希の会計は終わり、俺の自身の会計を済ませて荷物を取りに戻ろうとするとシャツをちょんと小摘まみして、俺を止めた。


「あの、その、一緒に帰りたいかも……」

「いいよ、なら外で待っててくれる? あの二人に見つかるとまずいから近くのセブンで」


「分かった。待ってるからね?」


 上目遣いで見つめて来る瑞希は可愛すぎて反則だった。


「ちゃんと行くから、心配しなさんな」

「うん、じゃあまた後で」


 手を振り店から出て行く瑞希を見送り、振り返ると廊下からこちらを見ている柴ちゃんがいた。どうやら先に出てきて俺の荷物を持って来てくれたようだけど、見られたよな?


「先輩の荷物持ってきました。……今のは、美人さんでしたけど、お知り合いでしたか?」

「ああ、まあな。じゃあ帰るとしますか。雪菜はどうした?」


「トイレに行ってます」

「そっか、じゃあ雪菜待ってから解散としますか」







 無事、二人と別れることが出来た。

 最初は一緒に帰ろうとしつこかった雪菜だったが、そもそも電車も乗る方向も違うので言い訳を考えてその場で解散となり、瑞希の待つセブンへ急いだ。


「瑞希、お待たせ」

「意外と早かったね。じゃあ帰ろ」


 電車を使わずにタクシーを拾い、家路へと向かう。

 瑞希は何やらコンビニで買ったらしく、何を買ったのか聞いた。


「モンブランだよ。緑と一緒に食べようかと思ってさ」

「それは最高だな。秋と言えば、モンブラン」

「いつだったかな。緑が——」


 昔を思い出す様に瑞希は顔を少し上げて、話は始める。


「ふとしたことで空気が悪くなって——ああ、あれだ。ホームセンターに布団を買いに行った時に緑の一言で少し喧嘩した時だったかな。あの日、緑が餌付けって言って買ってきたのがモンブランだったよね。それでコンビニでモンブラン見たら無性に食べたくなっちゃってさ」

「そんな事もあったな。俺達ってよく喧嘩っぽいことしてたよな」


「今はラブラブだからいいの」

「確かに」


 短い時間の中でたくさん色んな事があった。でもそれを乗り越えてきた。

 こうして彼女と並んで帰れる事も乗り越えられなかったら存在しない世界だ。

「なんかさー緑の話を聞いたらさ、私ってちゃんと愛されてんだなーって思って嬉しくなっちゃって。でも私がした行動って良くないんだよね」


「まだそれを言うか」

「違うの、そうじゃなくて。そうならないように自分がもっと頑張らないとねって。緑は見ないでしょ? だからGPSはもう消そうかなって」


「じゃあ俺も消そうか。なんか信用して無いみたいで嫌だしな」

「心にくるわ、その言葉」


 胸を抑えて、申し訳なさそうにした瑞希は自分の行動を悔やんでいるように見えた。


「あっ、そういう意味じゃなくてだな……」

「冗談冗談! 一緒に消そ?」


 スマホを取り出して、アプリを見えるようにして、俺は瑞希のを消して、瑞希が俺のを消した。

 最初は違う目的で使っていたけど、使い方を間違えれば良くないことが起きる。だがそれとは別に抑止力にもなる。そうしないことが一番なのだけど。

 でもこれは一種の誓いなのかもしれない。


 ——俺は。

 ——私は。


 君だけだ、という。

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