第9話:あれ? これ何の話?

 家に帰り、緑のシャワーを待つ間に近場でオープンハウスをやっている所を調べることにした。

 こうして検索してみると、意外にも色んなところで家が建っていることを知る、

 普段気にして見ていないからかもしれないが、このアパートの近くにも一件やっているところがあったりと、近場でもちらほらと建っている。


 気付かないうちに、周辺の景色は変わりつつあることを知った。

 今日見に行くのは建売の一軒家で、今まで見てきた賃貸とはっ段違いに違うだろう。なので、一旦頭から外さないといけない。比べるものではないから。

 一軒家の方が絶対と言って良いに決まっている。まあ、それぞれに良さはあるんだけれどね。


 とりあえずリセットしなければ!

 ——ハイ、リセット!


 これで出来たと思う。リセット完了。


 ごほん。ともかく、選択肢はたくさんあるので、ゆっくり焦らず選んでいくべきだろう。話し合って、お互いの意見を交えて、妥協するところはして。

 決めた後に『あぁ、やっぱりあそこにしておけばよかったぁ~』なんて思わないようにしないと。そうやって思わないことは難しいかもしれないけれど、なるべくそうならないようにしたい。


 極論だけど、建売ではなくても自分たちの理想の家を建てるっていう選択肢もある。ここに関しては家に興味がない緑が言うことは大体予想できてしまうのだけれど、一応聞いてみる分には何ら問題はないだろう。確実に、NOと言われるだろうけど。


 たくさん選択肢がある中で、もしかしたら賃貸がいいと言う可能性もあるし、纏めれば話し合えってことだ。私は緑の意見を尊重するつもりでいるから、ね? 緑は勝手に話もせず決めようとしたけど、あれはどうしても賛成できなかった。尊重できませんでしたね、はい。


 ネットに掲載されているオープンハウスのページを下部までスクロールし、管轄している不動産会社の電話番号をタップする。

 発信ボタンを押して、スマホを耳に当てた。


 3コールくらいすると、

『もしもし——』

「うぃー、上がったぞぉー」


 電話の声と緑の親父くさい声が重なり、私はすぐさま緑に口元に人差し指を当てて、眉間に皺を寄せながら静かにしろと言外に伝えた。

 私の剣幕がそんなに恐ろしかったのか、慌てて子供のように両手で口を塞いだ。もごもごと何かを言っていたが聞こえないので無視。


「もしもし、すいません。先ほどネットでオープンハウスがやっているという情報をネットで見まして、電話したんですけれど、今日って見られたりしますかね?」

『はい、物件情報を教えてもらってもよろしいですか?』

「えっと、浄心パートAってところです」

『かしこまりました。担当の方に連絡して聞いてみますので、少々お待ちください』


 そう言うと、保留音が流れてきたので、スピーカーにして待つことに。


「浄心ってすぐ近くじゃん」

「そうよ。とりあえず近場でどんなものか見てみたいなーって思って。あくまでも見学だからね。はいここに決めました! なんてないから安心してちょうだい。緑がどういう風に感じるかも気になるところだしね」

「一軒家なー、あんまり分からんな。実家もマンションだし、ちょっと楽しみかも」

「そ、なら良かったわ」


 待ち時間の会話はここで終了し、スピーカーから保留音が消え、『もしもし』という声が聞こえてきた。

 スピーカーを戻して、耳に当てるのも面倒だったのでそのままの状態で通話をすることにした。ちょうど緑もシャワーから上がったことだし、ついでに聞いてもらえればいいかと思ったので。


『担当者が現地に居ますが、他の予約されているお客様もいらっしゃるとのことなので、今すぐにはご案内できません。なので13時からでも良ければ、ということなんですけれどどうなさいますか?』


 話を聞いた私は緑に視線を送ると、黙ってこくりと頷いた。


「じゃあ13時からでお願いしますか?」

『ありがとうございます。では、こちらから担当者にお伝えしておくので、お名前を戴いてもよろしいですか?』


「文月瑞希です」

『文月瑞希様でよろしかったですか?』


「はい」

『ありがとうございます。それでは、お時間に現地にそのまま向かってもらってえれば担当者がいますので、その際にお名前だけ言ってもらえれば案内してくれますので、よろしくお願いします』


「分かりました。急な予約ですいません」

『いえいえ、大丈夫です。では、失礼致します』

「はい、失礼します」


 ぷつりと電話を切り、頬が緩む。

 ふふっ。……なんだか嬉しいというかなんというか。自然に笑みが零れてしまう。文月瑞希って、今まででこういう知らない人に言うのは初めてな気がする。結婚したんだぁ~という実感がすごい沸いてきて、幸せを感じてニヤニヤしてしまった。

 そんな私の様子を見ていた緑は顔を歪ませて体を少し引きながら、不愉快な視線を送ってきていた。


「……なによ」

「いや、別に」

「なにか言いたそうな顔してる」

「いや別に」


 すんっ。と表情を戻し、真顔で言ってくるが逆にむかつく。


「もう! 何よ! 言いたいことがあるなら言いなさいよ!」


 立ち上がってパンツ一丁の親父くさい奴に近付き、あぁぁん? とメンチを切ると、怖気づいたのか遂に白状した。


「電話終わった途端にニヤニヤしだしたから、えっ? 気持ち悪っ! って思っただけだ。他意はない」

「きもっ、気持ち悪っ!?」

「うむ」


 うむ。じゃないわよ! それ奥さんの私に言う言葉のかしら!?


「ちなみにどんな顔してた?」

「うーん、こんな顔かな?」


 …………………………。


「痛いっ」


 無言で身体を叩く私。


「……」


 悲鳴を上げる緑。


 これは緑が悪い。

 だってすんごいぶっさいくな顔をしてきたんだから。誰も舌なんて出してないし、よだれも垂らしてないもん。


「痛いんですけどぉっ!? 今服着てないんだからやめてぇっ! 良い音鳴っちゃってるぅ! 俺の身体は打楽器じゃないよぉ! ボディパーカッションじゃないよぉ!」


「キモいって言ったからだもん! キモくないもん! そんな顔してないもん!」

「キモいとは言ってない。気持ち悪——痛いっ」


「一緒!」

「ハイハイキモクナイキモクナイ」

「棒読みじゃんかー!!」


 それから私は緑の身体を打楽器のように叩き続け、気が付けばボディパーカッションが上手くなっていったのは言うまでもないだろう。







「あー、身体がひりひりするなー」

「ごめんってばぁ……さっきから謝ってるじゃんかー」

「誠意が見られないんだよなぁ」


 怒りという感情から叩かれていたはずなのだが、段々とノリノリになって叩き始めていた。

 あ、ここの音はいいね! ここはバスドラムかな? ここはー、タムだね! とか言いながら叩かれるもんだから、こっちは参ったよ。

 楽しそうにしているものだから、何とも言えず。終いには自分から寝転がって人間ドラムになってましたよ。どこから間違えていたのだろう。


 ……ま、それは置いといてと。

 13時間近になり、瑞希が予約してくれたオープンハウスに向かって、車を走らせていた。歩いても行ける距離だが、せっかくシャワーを浴びたのに歩いて汗を掻きたくなかったのが理由としてある。また臭いとか言われたらガラスのハートはもう粉々になってしまうからな。クンクンッ……大丈夫、もう臭くないはず。


「なんか臭くない?」

「うぇ!?」


 瑞希は渋い顔をして、鼻を摘まんでこちらを見た。

 んだよ、シャワー浴びただろうがこの野郎。まだ臭いって言うならもうどうしようもないぞこの野郎。


「おならした?」


「いいんやぁぁ! してねぇぇよぉぉ!?」


「……したな、こいつ」


 いやいやいやいや! 本当にしてないんですけど? え、した? 俺、おならしたかな? ちょっと不安になってきただろやめろ。


「してないって! まじで!」

「……怪しい」


 じとぉーっという効果音が聞こえてきそうなまでの怪しげな視線でこっちを見るのはやめて? 本当にしてないから!


「あ! ほんとだ! くっせ!」

「何を今さら気が付いたみたいな言い方して。逃げても無駄よ、オナラマンめ!」

「ちょっと? ほんとにしてないからね? オナラマンとか小学生並みの悪口やめてね?」


 臭うのは事実。うん、マジで臭い。


 どうでもいいんだけど、匂いと臭いって圧倒的にくさそうなのが後者なのは何でだろうな。匂いっていい匂いって使うよな。いい臭いってくさそうだよな。まじでなんだろうな、この話。


「これってエアコンじゃね? ちょっと嗅いでみてよ」

「嫌よっ! 緑が嗅いでよね!」


「……いや、俺運転中だからね」

「そうでした」


 仕方ないと意を決した瑞希は「いきます!」と手を上げて、エアコンの吹き出し口に顔を近づけた。

 そして、スッと背もたれに背中を預けてこちらを見る。



「……………………………………くさっ」



 その間はなんだよ。ファイナルアンサーって言った後の正解までの間かよ。続きはCMで! ってところまで引っ張るのかと思ったぞ。


「やっぱりエアコンじゃねーかよ——これだわ。外から取り込む感じになってるからだわ。切り替えれば臭いも無くなるだろ」


「よかった……緑のおならじゃなくて」

「ちがうだろ。まずは疑った事の謝罪だろ」


「はいはい。すいませんでした」

「うぜー」


「ふふふっ、でも緑のおならなら許せる」


「今さらそんなこと言ってご機嫌取ろうなんて浅はかすぎるからな。取られんからな」


「ちっ、ばれたか」


「でもまあ瑞希がおならしても俺は何も思わんがな」


「女子はおならなんてしないのよ」


「お前はどこぞのアイドルだ。世の夢見る男子に幻想を吹き込むな」


「ウンチだってしないんだから」


「それはただの便秘では?」


「そうとも言う」


 くだらない会話をしているうちに、目的地に辿り着き、外で立っている人を見ると見知った顔の人が立っていた。


「お待ちしておりました、文月さんですよね?」

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