第15話:元カノと現妻

 まんまと口車に乗せられ、お揃いのTシャツを買ってもらってしまった。……嬉しい。

 いけないいけない! 

 さぁ! 気を取り直して、緑のファッション改造計画を実行だ!

 ……とはいえ、夏はTシャツ一枚で過ごす日が多いだろう。だからそこまでバリエーションは多くない。


 シャツとか柄じゃないって言われそうだし、かと言ってポロシャツも断られそう。うーむむむ、どうしたものか。

 やはりここはお洒落なデザインの服を探すしかないか。

 にゃんださはもう買ったから、今度こそ! と意気込んでビズグラを出て、次なる店へと移動した。


 ビームス。ここはメンズもあれば、レディスもあるからついでに私も気に入ったものがあれば買ってしまおう。一石二鳥!


「緑ってさ、ハーフパンツとか穿かないの?」

「んー、なんかこの歳になって脚を曝け出すのに抵抗があってな……ほら、すね毛とか割と生えてるし、おっさんだし」

「JKブランドがなくなった女子か!」


 思わずツッコミを入れてしまう。

 高校を卒業し、無事JKというひと時のブランドが剥がれ、大学生になると、膝上のスカートを穿くのに抵抗を覚えたのを思い出す。

 膝小僧を見せるのがなんか嫌で、気が付けばズボンばかり穿くようになっていた。


 もちろんスカートも穿くけれど、今日みたいに膝下丈のようなものからワンピースと、丈の長いものばかりを好んで穿いている。

 久しぶりに穿いたスカートは股がスースーして、少しだけ気持ち悪い。

 やっぱりあれかな? ぴちっとしたスキニーの方が包まれているという安心感があるのかな? 分からないけれど。


「俺はOJだからな、それなりに恥ずかしさはあるものだ」

「OJ? なにそれ」

「おじさん、だけど」

「お・じさんってこと? 略したの?」

「それ以外に何がある?」

「あはははっ、何それぇ! おかしいよっ! ふふっ」


 JKと言ったから対抗して略してみたのだろうけど、なんかおかしい。面白いけど、おかしいよっ!


「おじさんは、OJだろ? それともあれか? OZか? こっちの方がちょっとかっこいいな。オージェイよりオージィーの方が……ん? なんかジジイみたいだな」


 一人で言って、一人で勝手に納得しないで! そんな真面目な顔をして考える事じゃないからぁ! 


「OJだな。おじさんの略は」

「OJSの方が分かりやすいと思うけど、ぷふっ」

「それだとAKBみたいじゃん。俺はJKを目指したいんだけど」

「もうっ……ほんとっやめっ……あはははっ!」


 今の発言は何も知りもしない他人が聞いたら、気持ち悪さの骨頂でしかない。三十路間近のおっさんがJKを目指したいなんて……ぷぷっ!


「そんなに笑わんでもよく——」


 と、緑が言いかけた時に、後ろから誰かに声を掛けられた。


「あれ? 緑じゃん、久しぶり」


 男の人の声だった。何時しか聞いたことあるような声で、えっと……誰だったっけな?

 考えても分からなかったので振り返ると、そこに居たのは——


「おお! 新じゃん。久しいな。ってあれ? そこの隠れてるちっさいのは雪菜か?」


 新と呼ばれた男と、雪菜と呼ばれた女性。

 私は二人とも知っている。

 なぜならば、彼は挙式に来てくれていた唯一の友人だったから。

 あの日、少しだけ会話したのを覚えている。


 挙式後、彼は私達に近寄ってきて、ご祝儀を渡してきた。にやにやと笑みを浮かべながら。

 披露宴もしていないのに、受け取れないと断ると、「いいからいいから。俺のほんの気持ちだからさ」と言って、半ば強引に渡されて受け取らざるを得なかった。これは私だけの話で、緑は「サンキュー」と遠慮もせず受け取っていたのだ。正直、信じられなかった。


 でも、こんなに顔立ちも良くて、性格もいい人が、世の中にいるんだと思わされた。


「おい、雪菜。なんで隠れてんだよ」


 後ろにいるのはあの人だ。間違いなく。腕の隙間からこちらを覗いていて、ちょっと子供っぽい。


 あの日を思い出してしまう。

 緑と仲良くご飯を食べていた女性で、緑の好きな……人。


「だって、なんかあれだもん」

「めんどくせえ女だな」


 新くんは首を回し、後ろを見つつ眉を顰めた。


「ちゃんと挨拶くらいしろ、緑の奥さんもいるんだから」


 そう言って、雪菜さんと呼ばれる女性を前に引っ張り出した。

 ……あれ、この二人付き合ってるの? あれ?


「や、やあ! 久しぶりね! 緑!」

「別に久しぶりじゃねーだろ。一昨日会ってる。会社で。というか、ほぼ毎日会ってるだろ、休日以外は」

「えへへっ、それもそうでした!」


 舌を出し、笑った。……あざといなこの女。と思って見ているとこちらに向いて、パチクリと瞬きをした。


「初めまして、緑の高校の同級生であり、今は同僚でもある、白石雪菜です。以後、お見知りおきを」

「はい。こちらこそ初めまして、文月瑞希です。お世話になっております」

「はい! 堅苦しい挨拶はここまで! ひゃー、めっちゃ綺麗な人ぉ!」


 パチンと手を叩き、表情も、纏うオーラもそのひと叩きで一変し、ぱたぱたと駆け寄ってきた。

 そして手を取られ、ブンブンと振りまわせされる。


「可愛いね! すっごく可愛い!」


 目を輝かせ、上目遣い。未だに興奮冷めやらぬ状態をキープしており、まじまじと色んな所を見られる。

 この人も十分に可愛い。そこら辺にいる人とは違って、小柄なのに綺麗だ。それになんちゅうおっぱいだ! でっかいな! 何カップですか! なんて聞きたくても聞けない。

 そんなことを考えていると、小さい体を持ち上げるように、背伸びをし、耳打ちされる。


「Hカップだよ」

「へっ!?」


 思わず、身をのけ反った。


「ニシシッ、見すぎだよ。瑞希ちゃんっ」


 悪戯っぽく笑った彼女は楽しそう。というか、私そんなに見てたかな?


「おい、雪菜。瑞希が困ってるだろ。やめてくれ」


 緑は私と雪菜さんの間に割って入ってきた。


「えー、だってすっごく可愛いのに! ぶーぶー!」


 頬を膨らまし、ブーイングしている彼女は子供っぽくて可愛い。きっとすごくモテるだろう。

 だが、緑はそんな彼女に背を向けて、気に掛けるように私に話しかけてくれたことが、嬉しくて仕方なかった。


「ごめんな。瑞希、大丈夫か? 腕、痛くないか?」

「う、うんっ! 大丈夫だよ! すごく可愛い人だね、雪菜さん」


 そう言うと、げっそりとした顔になった緑は肩を落とした。


「もうちょっと静かになってくれると嬉しいんだがな……」


 やれやれと言わんばかりに、両手を小さく上げて振る。


「デート中なんだろ? 新婚さんの邪魔してすまなかったな。雪菜、行くぞ」

「えぇ!? 私、もっと瑞希ちゃんと話したい!」

「ダメだ。今日のデート相手は俺だろ。誘っておいて、勝手すぎるわ」

「あ~れぇ~~」


 首根っこを掴まれ、引きずられていく雪菜さん。……可愛い、ほんと子供みたい。


「瑞希ちゃーん、今度お茶でもしようねぇー」

「分かりました! 機会があれば!」


 2人を見送っている時、新くんが振り返り、緑にアイコンタクトを送っていたのを私は見逃さなかった。緑も返事をする様に、首を縦に振っていた。


「なに、今の」

「えっ!? 何が?」

「今、目で会話してた。アイコンタクトしてたぁ!」

「してないけど?」


 ヒューヒューと下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとしたってそうはいかない!

 なので訝しげな視線を送り続けてやる。

 ——すると、すぐに居心地が悪くなったのか、観念したかのように嘆息をつき、諦めた様子で口を開いた。


「あれは『デートの邪魔してごめんな』って意味で、それに俺は『気にするな』って答えたんだよ」

「嘘。なんか隠してる!」

「何でわかるんだよ! ——あっ」

「やっぱり!」

「分かったから、話すから。とりあえず店を出よう」


 肩に手を回され、くるりと回れ右を強制的にさせられてしまう。


「買い物はいったん中断だ」

「もう、隠し事はなしだよ!」

「はいはい、行きましょーねー」


 背中を押され、強引に店から出ることになり、一度話を聞く運びとなった。







 まさかこんな所であいつらに会うとは……。

 なんとか新が気を利かせてくれたおかげで、何事もなく済んで、別れられて良かった。


「ねぇ! ねぇってば! どこ行くの!」

「落ち着け、瑞希」


 店から離れ、並んで歩いているのだが、隣にいる瑞希はご立腹。頬をフグのように膨らましておられる。


「私が雪菜さんと一緒に居られることがそんなに嫌だったの? だめだったの? それにあのアイコンタクトは何さ!」


 こんな感じながらも、しっかりと腕を組んで歩いているわけで。行動と言動が伴っていないのである。怒っているのか、怒っていないのか。よく分からない。


「とりあえず、そこに座ろう」


 指を差した場所にはお客さんが座れるような休憩スペースが設けられている。

 まあまあと瑞希を宥めながら、とりあえず座らせた。

 そして俺は隣には座らずに、瑞希の目の前にしゃがみ手を握る。


「あのな……」

「ちょっと……恥ずかしいんだけど……」


 もじもじとしながら、視線を右下に落とす。


「ああ、ごめんな」


 手を離し、そのまま言葉を続ける。


「俺達は結婚しただろ? 雪菜ももちろんその事は知っている」

「……そう、ね?」

「だけど、詳しくは知らないんだ。俺達がどういった経緯で結婚したのかまでは話してない」

「……それって、え……緑はそれでよかったの……?」

「はて? なんのこと?」


 瑞希の言っていることはよく分からなかった。


「俺達の関係を知っているのはあらただけなんだ。だからあいつは気を利かせて、雪菜と瑞希をあまり深く関わらせない方がいいと判断したんだろう。多分、あいつとの話の時間を作れば作る程、根堀葉堀聞かれる。それでボロが出るかもしれないってね」


「でも緑はよかったの?」

「だから何のこと? 瑞希は今、何の話をしているんだ?」

「……だって緑は雪菜さんのこと好き、なんだよね……?」


 どうしたらそうなるんだ……。

 俺は瑞希に雪菜との関係を話したことはない。好きだったことも、高校時代に付き合っていたことも、出張で告白されたことも、何もかも。


「なんでそう思った?」

「……実はね、私前に見ちゃったの。あの日の夜、名古屋駅近くのお店で雪菜さんとイチャイチャしてるところ……それで、その夜——」

「待った!」


 思わず手を顔の前に出して、制止してしまった。

 見られていた? あの日の夜? 雪菜と飯を食べに行ったのは直近だと東京にいた時。その前は——1回しかない。

 雪菜に告白された、あの日しか。

 瑞希はあの日、家に帰っていなくて、それで探し回って、雨に打たれてブランコに乗っている所を見つけた。

 あの夜の言ってたことって——この事だったのか!


「いつまで固まってるの? 大丈夫?」

「あぁ、大丈夫。正常だ……そういう事だったのか。そりゃ言いにくいわな」

「何が?」

「お前があの日、公園で——」

「——っ!? まっ、待った!」


 今度は瑞希が俺を制止した。

 顔を赤くさせ、脚を擦るようにもじもじと、恥ずかしそうにして静かに呟く。


「……今の発言は取り消しで」

「はい?」


 なんでこの人は恥ずかしそうなの? あほなの?


「いいからっ……聞かなかったことにして」

「まあいいだろう。それでだな、俺は瑞希が言ってるような感情をあいつに持っていない。好きじゃないから。あくまでも過去の話で、好きだったという話なんだけど」


「え?」

「え?」


 2人して、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。


「なにそれ。それがアイコンタクトとどう繋がるのよ」

「それはあれだ。俺が好きじゃなくて、あいつが……ってことだ。一応、これでもお断りさせていただいたんだけどな……」

「告白されたの!? いつ!?」


 それ言う必要ありますかね————はい、言います。今すぐに言います。だからその怖い顔を下げてもらってもよろしいですか……。


「ご飯行った日と」

「日と?」

「出張中に……」


 これ答えてどうなるんだよ……。


「なんて言って振ったの?」

「俺は——いや、ここまで言ってどうなんだよ! 何か意味があるのか?」

「ないけど!? 聞いてみたいじゃない!」


 好奇心!? 


「結婚してるって言ったんだよ」

「何それつまんない。そこは瑞希が好きだからって言っても良かったんだけど?」

「それも言った————って言ったらどうする?」

「へっ!?」


 あたふたと慌て始め、視線も色んなところを行ったり来たり。

 ちょっとからかい過ぎたかな? この辺にしておこうか……まあ、冗談でもないんだけどね。


「……なーんてな」

「もうっ! 緑のばか! イエローカードッ! 合計二枚でレッドカードッ! 退場だよっ!」


 いつの間に一枚俺はイエローカード出されてたんだよ。聞いてないぞ、出たならちゃんと言ってくれるかな?


「って、おい。どこいくんだよ! 退場するなら俺じゃないのか?」

「うっさい! トイレよ! 少し時間かかるから!」

「なんだ、うんこか?」

「ちっ、ちがっ! 違うわばか!」


 顔を真っ赤にして、瑞希はトイレへと向かってしまった。

 長いということなので、瑞希に一言連絡を送り、俺もある場所へと目指して階下に移動した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る