第1話:交際0日婚
3か月前——
今日は土曜日で休みというのに、なぜ俺はスーツを身に纏っているんだろう。
俺の会社は土日祝休みのホワイト企業だというのに。
キッチンで髭を剃りながら、そんなことを考えていた。
まあ簡単に言えば、これからお見合いがあると。
そのために俺は早起きをして、こうして身だしなみを整えているわけだ。
もはや強制と言っていいくらいに、毎週のようにお見合いをさせて頂いている。誰も自分からお見合いしたいなんてお願いしていないのだ。
結婚をしたい。じゃなくて、結婚をさせたい。に近いだろう。というかそれでしかない。
——全ては母の仕業だ。
早く結婚してほしい理由なんて知らない。もう29歳で独り立ちしているし、何の迷惑もかけていないのに。マジで執拗にお見合いの話を持ってきやがるんだ、あのおせっかいババア。
断ればいいって簡単に言ってくれる友人もいるが、そんな簡単だったらとっくの昔に断ってるよ! 断れないから困ってるんだろうが!
勝手に約束を取り付けてくるんだ。
そして、それを前日の金曜日の夜に伝えて来やがる。分かるか? もう既に断る道は絶たれてんだよ! だから、会っては断ってを繰り返しているんだよ! ドタキャンなんてしてしまえば、母の顔に泥を塗る事になる。それに俺はもう大人だし、そんな事はしない。学生じゃないんだからな。だからこそ分かっててやっている母さんは卑怯なのだ。
もう一つ言うのであれば、母さんは諦めが悪い。多分決まるまでお見合いの話を持ってくるつもりでいる。分かるよ、俺には。伊達に母さんの子供を29年やっていない。
剃り終わった髭を水で流し、適当に頭にワックスをつけて準備完了。
こうしてきちんと身だしなみを整えるのにも理由がある。
俺は基本家を出ないし、髭を生やしっぱなしで、髪の毛もボサボサ。そりゃもうひどいくらいだ。なのでこのままの姿で行けば断られると思ってお見合いをした事がある。
んでまあ、母さんと合流した時にぶちぎれられた。思いっきり頭をグーで、グーだぞ? 叩いたじゃない。殴って来たんだ。
それ以降、俺は反省して、殴られたくないからきちんと髭も髪も整えてるってわけだ。
とにかくめんどくさい。
早々に断りを入れる文言を伝えようとすれば、察して阻まれてしまい、「お食事でも」みたいなテンプレの言葉を出す羽目になって、後日になって断るという一つの流れを作り出したが、それも阻まれる。
兎にも角にも、断る理由を作ろうと日々必死になって考えていた。
そこで、俺は閃いてしまったのだ。
——断るのではなく、断らせればいいのだと。
その状況をこの状態で作ってしまえばいいのだと。
思いついてしまったのだ。
身だしなみがダメなら、方法は一つしかない。逆転の発想だ。
これで今回は乗り切ってしまおう。
そして、これを最後にするためにも、母にちゃんと意思を告げようじゃないか。
一枚の紙を取り出し、その紙を眺めて不敵な笑みを漏らした。
「クックック! ハァッーハッハッハー!!」
♡
今日はお見合いの日。
今度こそはと、意気込んでメイクに時間をかけた。
鏡に映る自分は完璧に仕上がっている。メイクの乗りも良かったし、体調もバッチリ。
「よし!」
パチンと軽く、自分の頬を叩いて鼓舞した。
予め、母にはお相手の写真を見せて貰っていて、どんな人かはチェック済み。
まあ単純に感想を言えば、かっこいい人だった。
髪の毛は少し長めだったが、それがまた似合っており、ワイルド系な感じの人。
目は真っ直ぐと私を覗き込んでいるような錯覚を思わせるくらいに、真面目そうな方だ。
「紳士だといいなぁ……」
独り言を零す。
それもそうだ。
私がこれまでお付き合いしてきた人は皆、素敵な人だったけれど、周りから言われることは、『ダメ男製造マシーン』とか『生粋のダメ男好き』とか、酷い言われようだった。
私はとにかく男運がない。
今になってそう思うようになってきたのだ。でも、今までに付き合ってきた人達は、ダメだったかもしれないけれど、素敵な所もある事は間違いはない。
ギャンブル好き、キャバ通い、借金、浮気性。
このラインナップを見て、素敵なとこがあるとか、昔も今も変わらずに頭がおかしい。
最近、と言っても、2年ほど前に付き合っていた浮気性の彼氏の言葉にはかなり心が傷ついた。
当時の私はずっと1番だと思っていて、浮気が発覚した時に言われた言葉に驚きすぎ、涙すら出なかった。
『お前、俺の中じゃ4番目だから』
その一言で私が振ったのではなく、振られたのだ。
まあそんな事があり、私は自分で男を見極めるのを止めて、お見合いという形で素敵な男性を探すことにしたわけだ。
今回のお見合い相手は、母の友人の息子さんだと。母は太鼓判を押してくれている。
私のタイプは、人生経験を経てきて、紳士で、私の事だけを見てくれる人となった。顔じゃなくて中身を見てほしい。
自分で言うのは、何だけれど容姿は良い方で。言い寄って来る男性はたくさんいた。
それでお見合いをして、お付き合いに発展しそうになるのだが、毎回直前で断られてしまう。
理由を聞くと、話が合わない。と皆が口を揃えて言う。
——ふざけんじゃないわよ! 話がつまらないのは貴方じゃない!
と、言いたくなったりしたりして。
兎にも角にも、このお見合いが上手くいくように反省を生かし、絶対に射止めてやるんだから!
「お母さん、準備できた! 私、可愛いかな?」
「大丈夫よ。いつも可愛いわよ!」
「今日こそ、決めてやるんだから!
グッと両拳を握り、気合を入れた。
うちは母の
それからは、母が女手一つでここまで私達を育ててくれたのだ。
私ももう28歳だ。いつまで母に心配をかけるわけにもいかない。
それに妹に既に先を越されてしまっている。しかも3年も前に。プラス、子供までいて、私はおばさんになってしまっているのだ。
私は焦っている。このまま結婚できないかもしれないと。
もうこれが最後だと思うくらいの気持ちで私はこのお見合いにかけている。
「そろそろ行くわよ」
「うん。分かった」
さあ、頑張ろう。
♢
指定された飲食店に向かい、母と合流した。
今回もいつもと同じ店で、蕎麦屋だ。なんでいつもここなんだろうと疑問に思う。
「今日は着物じゃないんだ」
お見合いの時の母は着物しか着てこない。今日はちょっと品のあるドレスと言えばいいのか、まあそんな感じの格好だ。結婚式で着そうな、あれだ。
知り合いの娘さんと母からは聞いている。写真も見せて貰った。
まあまあの美人だった。というか、めっちゃ美人だ。10人中10人は美人と声を揃えて言うくらいには美人だ。
歳は28と聞いた。俺よりも1つ年下。
なぜこんなにも美人な彼女が、これまで結婚できてないのか。もうそれが答えを物語っているだろう。答えが出ている。
——何かしら内面に問題がある。
何回もお見合いをしているらしく、でも、結婚まで至らないと。
という事はだ、今までの男の判断基準でいくと、顔はよくても性格がダメなら、『却下』という二文字のお告げが天から降ってくるって事だろ?
とてもいい子だと聞かされているのだが、俺にはどうしてもいい子には思えない。いい子であれば、既に結果という答えが出ている筈なのに、未だ空欄になっているのはどうも怪しい。
地雷女かもしれん。
この作戦が上手くいくか、少し不安になってきたぞ……。
いかんいかん。フラグを立てるんじゃない自分よ。
「あんたこそ、珍しく鞄なんて持って来てどうしたの?」
「あ、いや、これはあれだ。この後ちょっと会社に寄ろうかと……」
「ふーん」
訝しげな視線を送られ、目を逸らす。
「変な事考えてないわよね?」
「もちろん。大丈夫さ……あははは」
この人何なの! 怖いわっ!
店内の個室で、例の相手を待っていると、時間ぴったりにドアが開いた。
「お待たせしてすいません~」
「いえいえ~、うちも先ほど来たばかりなんで~」
女の人は、どうして電話とか、こういう場になるとワントーン声の高さが上がるのか、いつも不思議で堪らない。
「ほら、入ってらっしゃい」
相手の母親が、後ろに控えていた、今回のお見合い相手を呼んだ。
「は、初めまして、蒼井瑞希です。今日はよろしくお願いします!」
緊張しているのか、声が裏返りながら頭を素早く下げた。
綺麗な黒髪をアップにして、髪を留めている。
スタイルも抜群で、すらっと伸びた長身で、少しだけ出ている脚もそこだけ見れば分かるくらいに細い。胸はまあ普通だけども。
目の下にある泣きぼくろが可愛さを助長させていた。
挨拶を返すために、立ち上がっていた俺も自己紹介というものをする。
「初めまして、
これまで何回もお見合いしてきた経験者は一味違うのだ。
「はい。お気遣いありがとうございますっ」
そして、彼女たちは目の前の席に座り、とりあえず乾杯を交わした。
次々とコース料理が運ばれてくるのもお見合いの定番なのだが、こんな朝10時から食えるかっちゅーの。大食い選手権でも始めんのかよと言いたくなるくらいの量が運ばれてきた。
「緑くん、早速だけどもう二人で話してみたらどう?」
「え?」
「ちょっ、お母さん!?」
瑞希さんは、焦った様子を見せた。
「それはいい提案だわね。たまには違う感じでもいいんじゃない?」
母さんが、蒼井母の提案に乗って、店員さんを呼び始める。
おい、あんたそういう所だぞ。勝手に決めんな。
「瑞希さんが困ってますから、急すぎですよ。もっとその時間をかけ——」
時すでに遅し。店員が来てしまい、母親たちは二人して別の席へと移動して行ってしまった。
「……」
「……」
二人にされた俺と彼女は話すことが出来ず、しばらくの間無言が続いた。
気まずいどんよりとした雰囲気に堪え切れなくなった俺は、なんとか空気を和ますように、緊張をほぐす様に、口を開いた。
「あははは。参った、緊張するね。こんな突然だと」
「はい」
はい。じゃねえよ! 話題を広げろよ!
「じゃあ折角こうして、お会いできた事なので、定番の質問しますね?」
「はい」
俺がお見合いに積極的な男みたくなってんじゃねーか。逆だろ逆。
「じゃあ、ご趣味は?」
「……ぷっ」
ピクリと眉毛がひくついた。
我慢だ。我慢。こんなところでキレていたら、今日の作戦は失敗に終わってしまう。成功を掴むためにも、俺は彼女のいい所を引き出していく必要がある。
「定番すぎたかな?」
演技の笑顔を作り、優しく問いかけていく。
「い、いえっ。そんな事もない事もないです」
何だこの女。腹立つな。
「趣味は、そうですね。自分磨き? ですかね?」
うっわぁー、話広げにくっ!
「そんなにお綺麗なのに、すごいですね。でもいい事だと思います」
「あ、ありがとうございます。私も聞いていいですか?」
「はい。そうですねぇ、僕Webライターってのやってまして、休日はもっぱらそればかりやってます。ちょっとしたお金稼ぎ? みたいな感じで、楽しくやってます」
「へぇ」
……よし、帰ろう。
聞いといてそれはないだろう。どんな事書いてますか? とか、どんなもん稼げるんですか? とか色々あるだろうが。
——ああ、分かったぞ。この人のお見合いが上手くいかない理由。
これは推測だが、話が壊滅的につまらない、だ。
このごく僅かな会話で、もう理解が出来た。
それと素直すぎる。もっと誤魔化したりすればいいのに……。
「お仕事は何をされてるんですか?」
彼女は急に口を開いて、質問を投げかけてきた。
「普通のサラリーマンですね。瑞希さんは?」
「そうなんですか。私は商社の受付をしています」
「受付嬢ですか。なんかいいですね。とてもお似合いです」
「ありがとうございます。もう一つ聞いてもよろしいですか?」
「はい。何なりと」
「理想の結婚観を教えてもらいませんか?」
……ぐっ。
その質問は俺の中のしてはいけない質問ランキング1位だぞ……。なにせ結婚したくないんだから。結婚願望ゼロですから!
「そ、そうですね……いつでも笑い合って、心の底から笑える結婚生活ですかね?」
「私と一緒です!」
グイッと嬉しそうな顔で前のめりになった。
そのおかげで、胸の開いた服からブラジャーが見えてしまい、咄嗟に目を逸らした。
「ちょ、あの、胸が……」
見ないように、横を向きながら、今の状態を指摘してあげる。
すると、
「きゃっ、すいませんっ! 醜いものを」
「いえ、大丈夫ですよ」
それから、なんとか話を切り出して、お互いの話を聞き合った。
どうやら音楽の趣味は一緒で、ミクスチャースタイルと洋楽が好きなことを知れた。
打ち解けたか? と聞かれたら、うん。多分、打ち解けたわ。と答えるだろう。
♢
時間にして、一時間。
最初の30分こそ、長く感じたが後半の30分はあっという間だった。
親たちも食事を終え、再び俺達がいる個室に戻ってきて、お互いの隣に腰を下ろした。
「どうだったかしら?」
蒼井さんが早速、お互いの印象を訪ねてくる。
「とてもいい人でした。最初こそ緊張してしまいましたが、緑さんが和ませてくれたおかげで話ができましたし、音楽の趣味も合うから……ぜひ、今度デートでも……」
後半にかけて、声が消え入るように、小さく言った。
ふっふっふ。
「緑はどうなの?」
さあ、本番といこうか、俺の答えは一つしかない!
——断る事に関しては俺が世界一!
「そうですね」
と、一呼吸置き、俺は言い切ってやる。
「今回お話をして、僕は感じました! 瑞希さんとなら上手くやっていけると、外見ももちろんですが、内面も素敵です。素直で、自分の意見も、時折見せる恥じらいも、全てが素敵です! だから、僕と——」
そして、深呼吸。
「——僕と結婚してください!!」
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