第4話

私は今日死にます。

自殺動機の書き出しとしてこれはどうなんだろう、という書き出しから始まった私の姉の自殺動機をご存知ですか。姉はあの遺言であるような無いような文章を残しこの世を去りました。17歳でした。

私は今日死にます。

こんな強い書き出しがあるでしょうか。第1、言い切りの言葉を書くと言うのがもう有り得ないだろうと思います。あの人は自分が死を仕損じる事など無いような心持ちで書いたのでしょうが、万が一仕損じた時にあれをどうするつもりだったのでしょう。

吾輩は猫である。を真似て書きしたためたのだとしたら姉は普通に頭が悪いと思います。馬鹿です。

端的に言って、伝える側の人間としては書き出しとして有り得ません。

それだけ意思が強かったというのでしょうか。

あんなにも不明確で不明瞭な理由で死んだ姉は、意思だけは一丁前に持って死んだというのでしょうか。

そういう事なのだろうなと今は思います。

何故、そんな事を考えられたかと言うと、私もこれから死のうと思っているからです。

姉の事は嫌いではありませんが、好きでもありません。ですが、姉妹です。

姉妹の片方が強烈な書き出しと共に死んだのなら、もう片方もそれに倣うべきだと私は思います。

何故、と言われても説明出来るほどの理由はありませんが、そう思うんです。

なので、この文章はこの言葉で始めようと思います。

私は今日死にます。


死ぬにあたって、恐怖とはなんだろうと考えました。

恐怖とは辛く苦しく、近づき難い、そんな印象を持っている方も多いのではないですか。私もかなり前からそうでした。恐怖とは痛みにも似ていて、出来ることなら逃れなければならない。そんな存在でした。ですが、姉が死にあの遺言とも言えなくもないようなあの文章を読んでからは少し変わりました。

恐怖とは、違いなのです。

恐怖はその潜在性や反応の奇怪さからよく「恐怖」ただそれだけの物として扱われますが、そうでは無いのです。恐怖とはただの差であり、こことここでの違いであり、それ以上でもそれ以外でもないのです。

男性と女性は違う。老人と子供は違う。そしてそれらが互いに恐れ合うのは、違うからなのです。

私は死が怖いです。考えただけで、身を切り裂かれるような痛みが胸に走ります。それは、私が死とは違う生者だから。ですが、死と同じになれば、死んでしまえば怖くはなくなる。同じになれば、恐怖は感じないのです。

私は死にます。恐怖を克服する為に死にます。もうこれ以上死から離れていたくないので、もうあの死の恐怖と共に生きて行きたくないので、死にます。

死ぬ事はとても怖いことだけど、生きることに比べれば遥かに死は易しいのだから。


死ぬにあたって、まずは何を書けばいいでしょうか。最初はやはり親への感謝などでしょうか。姉の手紙には、母親は死に父親は酒と賭け事に夢中だと書いてありました。それは本当の事ですが、でも私は、実は親にはかなり感謝しています。

あの頃、姉が死んだ混乱と恐怖から救い出してくれたのは父親でした。平手をして喝を入れるというかなり強引な方法で、ともすれば悪化してしまう悪い手のような気がしますが、私にはそれが効果的でした。あの時父親は、こちらへ戻ってくる為の衝撃を私に与えてくれました。呆けてグチャグチャになっていた私を正気に戻してくれたのは父親でした。

今でも、その事はずっと感謝しています。

そうだ、お姉ちゃん。あの母が死んでから賭け事とお酒にのめり込んでいた父親ですが、実はあなたの死の次の日からそれら全てを一切絶っているという事を知っていますか?今父親は父親らしく、2人だけの家族の大黒柱として立派にしています。あの父親がですよ。信じられますか?

そんな父親なので、私は素直に感謝と謝罪をしたいと思います。今までありがとう、そして、ごめんなさい、と。

私は出来の悪い娘でした。親を置いて旅立つ事をどうかお許しください。ですが、これには深い、深い理由があるのです。

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