第2話
まずはここから書くべきだろうと言う事で、私の好きな物の話から入ることにします。私は山が好きな事は、あなたも知っているので無いでしょうか。山のあの静かでゆったりとした肌に木々が植わり奇妙な一体感をしている、あの山が好きです。梅雨に濡れた大きな葉が山を若く見せます。山の中腹から見る紅葉の大軍は、沈む夕日にも似た綺麗な紅に染まっていて。山は良いです。1度登山は経験してみるべき、なんてそんな話もしましたね。
その山が好きという影響もあり、高校では山岳部に入部しました。
山岳部は総勢4人の小さな部活でした。丸い眼鏡のふくよかな担当教員と、筋肉質で大きな体格をした部長が引き連れて、その後ろに私と明智が居て。小さく、優しい部活でした。
部活では月末の度に県内の山に赴き、現地のインストラクターを招きプチ登山をしていました。招いたインストラクターに負けず劣らずの口調で、この山はなにがしこの登山道はなにがしと喋る部長の事をニコニコと笑いながら相槌を打つ先生。その後ろを景色を見ながら歩く私と明智。時折先生が後ろを振り返りゆっくりと歩く私達を見て「少し、ペースを落としましょうか」と部長に話しかける。そんなグループでした。
あの頃は楽しかった。楽しかった。ああいえ、最近も楽しくない訳ではないですよ。ですが、あの男が居たので…。
明智は貴方は物静かな男性でした。放課後部室で本を読んだり、イヤフォンを耳にかけ音楽を聴いたりしている、最初は登山など見向きもしないそんな人間には見えました。
貴方とちゃんとした会話をしたのは入部して1年目の夏でした。夏休みに富士山の宝永山を登ってから、入部当初にあった妙な緊張が無くなったのがきっかけだったような気がします。最初はたわいもない話をしていましたね。好きな本だったり、次に向かう山の話だったり。貴方はあの時山に憧れていたと言いました。山と、自然とが織り成す雄大な景色を、自分のこの目で見てみたいとそう言っていましたね。それは、今も変わっていませんか?
私はそれを聞き貴方に興味を持ちました。周りにそんな人は今まで居なかったので、興味を持つのは当然だったかもしれないと今では思ったりしています。話は弾みました。どこの山の景色を見に行きたい。あそこは1度登ろうか。この写真の山はこの間登ったんだ。そんな、他愛のない山の話ばかりでしたがあの時はとても楽しかった。部室の窓から入る赤い夕日と明智の顔と、その口から零れる楽しげな山の話を今でも時折思い出します。
付き合い始めたのはそれから2ヶ月後の秋だったと覚えています。
貴方は、愛情をどう表現しますか?顔で?口で?それとも体全体で表現するコミカルな人間でしょうか。愛情表現とは私は、相手とのコミュニケーションの中の1つだと思っています。相手を思いやり、行動する事の中の1つに愛情表現が存在する。そういう事だと思っています。つまり愛情表現とはコミュニケーションであり、つまりは相手との言外の会話であると言うことです。
いえ、言われなくても分かっています。貴方は愛情表現が苦手な人だと言うことくらい織り込み済みで付き合っていました。
時折手を握ってくれる。それくらい。
ですが、それが心地良いのです。少女のような白い肌に爪が乗って、でも見た目以上にその手は大きくしっかりとしていて、指先が冷えやすい私にはその手はとても暖かく感じられて。貴方は少女のような手と言われて顔をしかめながら文句を言うでしょうか。
…ここでは惚気けても良いでしょう。
そんな愛情表現ですが、中には自尊心と顕示欲しか持たない、相手の事を何も考えずに行動する人も居ます。相手が自分の事を絶対に好いてくれていると確信しながら接される事がどんなに不快で気持ちが悪かったか分かるでしょうか。
会話の入りである挨拶やちょっとした仕草を全て無視し、強引に本題に入ろうとするあの男が嫌いでした。
そんな態度だったのがあの男、谷川でした。
冬頃だったでしょうか。結局頓挫してしまった南アルプス登ろう計画の頃なので10月頃ですね。その頃から谷川は放課後部室に来ていました。
明智と部長と先生と、楽しく団欒している所にズカズカと踏み込んできて腕を掴んで連れ出そうとしたり、訳の分からない俺はお前の事が好きだとかずっと見つめてきたとか言い出したりと、心底腹が立ちました。来るなと叫んだり部長が助けに入ってくれたりすると何かと喚き散らし部室を出ていく、そんな人間でした。
強く拒絶しても、頬を叩いても寄ってくる気味の悪い人物だったのです。
私はあの男が嫌いです。大嫌いです。ですが、あの男を殺した私の事も、特に好きではありません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます