episode1-4 夢野久作
「乱歩くん!」
「久作さん……プロデューサーさん……」
慌てて駆け寄ると、乱歩くんは涙をぬぐい立ち上がった。
「すみません、ご迷惑おかけしました……いけませんね、逃げ出してばかりじゃ、何も変わらないって解ってるんですけど」
「でも良かったですよ、見つかったんだし……」
「良くないですよッ!」
「ゆ、夢野さん……?」
今までただ心配していただけの夢野さんが突然大声をあげる。
「皆……皆心配してたんだからねッ、君が、また帰ってこなかったらどうしようって……今度は本当に見つからないんじゃないか、二度と戻ってこないんじゃないかって……」
夢野さんはぽろぽろと涙を流し始める。彼はきっと、何度も乱歩くんがいなくなるのを経験したのだろう。その度にこうやって、探してきたのだろう。そう考えると、夢野さんの涙もわかる気がした。
「久作さん……すみません、本当にごめんなさい……駄目ですね、俺、20歳にもなってこんなんじゃ……逃げ出してばかりじゃ、駄目ですよね」
見つかってよかった、と泣き続ける夢野さんと、彼を宥めつつも謝る乱歩くん。
そんな二人を見て思わずうるっと来る僕……。
「大の大人が3人して、なに泣いてんですか」
「えっ」
そういえばここにはもう一人居たことを思い出す。確か、高校生くらいの少年がもう一人……。
「ええと、君は……」
「乱歩さんか夢野さんが紹介してくださってるものだと思ってましたが……まあ顔だけ見てもわからないか、いやでも最近デビューして……」
「横溝くんです」
「プロデューサー、前に社長に電話でデビューのお知らせ聞いてませんでしたっけ」
「あー……あ、あの時のは君の事だったのか!」
「なんの事かさっぱりですが……僕は横溝正史といいます。以後よろしく」
「ええ、よろしく……でも、確か横溝くんって14歳って話じゃ……」
やっぱり見えませんか、と苦笑い……というよりは納得がいかないがとりあえず笑っておこうという表情で呟く横溝くん。
「大人っぽいっていいことだと思うんだけどねー、俺は」
「童顔の乱歩さんに言われてもそんなに嬉しくないです、っていうかもう泣き止んだんですね」
「大の大人が泣いてちゃみっともないとかいわれちゃあね……」
と夢野さんは目じりの涙を拭い苦笑する。
「みっともないとまでは言ってないですよ、あと、夢野さんたち来るの遅すぎです、二時間もここでこの人慰めてたんですから」
二時間も前から居たならもっと早くここに来れば良かったですね、と笑い合い、結局その日のうちに乱歩くんを無事に事務所に連れて帰ることができた。
社長は乱歩くんを諌め、少し泣いているように見えた。
「そうそう、君たち。明日はオーディションの結果発表だよ。谷崎くんもその時間は事務所で一緒に結果を見たいと言ってくれていたから」
僕も一緒に見たかったです、と不満げな表情の横溝くんは、明日は丸一日仕事らしい。
「後輩に先越されちゃったのは悔しいけど、仕事があるのが一番だから頑張っておいで」
「そうだぞ、頑張ってこい!」
「言われなくても、全力でやってきますよ! 初仕事ですから」
そして発表当日。夢野さんと僕は普段より早めに事務所に着いたが乱歩くんはもっと早く来ていたらしく、しっかり初仕事に向かう横溝くんのお見送りをしたという。
結果発表が終わる正午まであと3時間。僕たちは事務所のソファーでどら焼きを食べながら「えらく柔らかいね、これは」なんて談笑していた。
突然、物凄い音を立ててドアが開いた。
「なんだい、皆もう揃ってたのか」
まあ自分たちの事だしそりゃそうか、と一人で納得している、勝手に入ってきた青年。
「えっ、谷崎潤一郎だ」
「呼び捨てはいただけないなぁ、事務員さん」
「……谷崎さん。僕のこと、覚えて……?」
「勿論。僕は一度見た顔を忘れることは無いんでね、いっぺん話したことがあったろう?」
「ええ、でも僕、この前プロデューサーになったんです」
プロデューサー、と谷崎さんは呟く。しばらく目をつぶって何か考えているふうだったがいきなり目をカッと開くと「夢野くんだろ」とかなり大きな声で言った。
「そうなんだよ、僕のプロデューサー! よくわかったね、谷崎くん」
「前に話した時の感じを思い出してね……乱歩よりは夢野くんのプロデューサーだろうなと思ったんだよ、この人じゃ乱歩は制御出来ないだろうし、夢野くんと二人三脚、ってのが合ってる気がしてね。社長もそのへんで決めたんだろ」
頭の切れる人だと初めて思った。今までは事務所で脚と女の話をしているところしか見たことがなかったから。
「そんで、結果の電話、まだ来ないのかい?」
「ええ、あと1時間なんですけど、まだ……」
さっきまでの和気あいあいとした空気が一気に沈む。正午までに電話が来なければ、問答無用で不合格。電話が来たとしても、夢野さんか乱歩くんのどちらかだけ合格、という可能性も十分にある。そんな現実から目を逸らそうとして今まで喋っていたのかもしれない。
唐突に、事務所に電話のベルが鳴り響く。部屋の隅の電話だった。
「ちょっ、事務員さ……じゃない、プロデューサー! 早く早く!」
谷崎さんに急かされ慌てて電話をとる。
「もしもし、こちらBNGテレビの者ですが、源氏プロダクションの方ですか」
「は、はい……!」
震える指で電話をスピーカーモードにする。みんなが緊張した面持ちでこちらを見ている。
「先日行われた新人発掘企画のオーディションの結果をお知らせしてもよろしいでしょうか?」
「……はい」
見ると、夢野さんは指先が白くなるくらいに服の裾をきつく握りしめ、乱歩くんに至っては既に泣き出していた。谷崎さんもさっきまでとは打って変わって真剣な顔をしている。
「それでは、結果をお知らせします。源氏プロダクションから、エントリーナンバー16番、江戸川乱歩さん……合格です」
乱歩くんが目を見開き、その場で膝から崩れ落ちる。あまりに嬉しく、そして予想外だったのだろう。谷崎さんが駆け寄って涙を拭いてやっている。
本命はここからだ。僕がプロデュースしているのは、江戸川乱歩ではなく、夢野久作。乱歩くんが合格したのは喜ばしいことだが、夢野さんが受かっていなければ。
「エントリーナンバー19番、夢野久作さん」
「合格です」
文豪ステヱジ 姫草ユリ子 @Yuritica0609
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。文豪ステヱジの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます