episode1-3 夢野久作

「驚きましたよ、こんなに踊れるんですね夢野さん」

「ハハハ……それ程でもないですよ」


僕がプロデューサーになったのが昨日。今日はダンスのレッスンのために近くのスタジオまで来ていた。


昨日、あまりに自分を卑下するものだから歌も踊りもそんなに得意ではないのだろうと思って見ていたが、そんなことはなかった。

抜きん出て上手いというわけではないものの他のアイドルや候補生たちと変わらないレベル、むしろ少し上手い部類に入るくらいだった。


どうしてこうも極端に自信が無いのかわからないが、思っていたよりかなり実力があったのでひとまず安心した。自己評価が低すぎるのも問題だが自信過剰よりはいいだろう。自信があるのは結構だが僕自身が制御できる気がしない。


「久作さん!」

突然声をかけられた夢野さんはやはり初めて会った時と同じようにその場で飛び上がってヒィ、と声を漏らした。


「何ですか毎回毎回声かける度にヒィヒィ言って」

「だって、君が見えない所から急に声かけたりするから……すまんね」

「あ、プロデューサー」


紹介します、と夢野さんが振り向く。

「久作さん、プロデューサーついたんだ。良いなぁ、俺も早く……」

「乱歩くん自己紹介は?」

乱歩くんと呼ばれた青年は慌ててこちらへ向き直る。


「江戸川乱歩、20歳!源氏プロで久作さんと同じく候補生やってます!」

「江戸川さん……ですね、よろしくお願いします」

「乱歩でいいですよ。呼びにくいでしょ、俺の苗字って。4文字だけどなんか長くて」


「ところで明後日のオーディション、出ます?」

忘れかけていたが、乱歩くんの言う通り明後日は僕にとっても夢野さんにとっても初めてのオーディションだ。


「出ますよ、もちろん。ね、夢野さん」

「え、えぇ……嫌だなァ、今からでも断れないかなァ」

「……聞こえてますよ」

聞こえないように小声で言ったつもりだったのか、わざとなのかわからないが、とにかくそのくらい大きな「心の声」だった。


「とにかく!お断りはできませんから!出ますよ、明後日。レッスン頑張ってください」

「そう言われても……出るしかないか」

「そうですよ久作さん!俺も出ますから、一緒に頑張りましょう」

ライバルに頑張れってのもおかしいか、と笑う乱歩くん。久作と違ってずいぶん明るい子のようだ。


その後もひとしきり話して、夢野さんも乱歩くんも休憩を終えてレッスンに戻っていった。


その日の夜、レッスンの帰り道。僕は夢野さんにこんなことを言った。

「あの乱歩くんって子、なかなか元気があっていいですね」

「そう、ですね」

彼は口ごもる。

「どうかしましたか?」


「乱歩くんはね、ああやって明るく振舞ってますけど、根は繊細で傷つきやすいんです。もっとも僕ほどじゃあないし、この年頃の男なら普通かもしれませんけど」

「そうだったんだ……全然そんな風には」


「時々ストレスが溜まってきたらふらっと居なくなっちゃったりしてね、ついこの間も。あの時は僕も一緒になって探したなア。だから今回のオーディションも、少し心配です」

「それじゃ、プレッシャーに負けないといいですね……でも僕は夢野さんも心配してますから。結果がどうなろうと記念すべき初めてのオーディションです」


「そう、ですね。どうなっても逃げないって約束しておきます」



そして迎えたオーディション当日。夢野さんはついさっき審査員たちのいる会場に入っていった。僕には控室でただ祈ることしか出来ない。


今回はデビューしていない候補生たちから次世代のスターを発掘するというコンセプトの歌番組のオーディション。

どうか夢野さんが緊張せず歌えますように、と祈りかけてそれは無茶かと考え直した。

夢野さんが緊張しても実力を発揮できますように。


控室の片隅で縮こまって祈っていると、目の前を乱歩くんが通り過ぎようとしていた。

「乱歩くん、オーディション終わったの? どうだった?」

「あっ……久作さんのプロデューサーさん、俺、ちょっと出てきます」

「どうしたの、何か……」

「しばらく戻らないって、社長に言っといてください、それじゃ」

「乱歩くん!」


乱歩くんはそう言うと走って行ってしまった。

「何か変だよな……まさかいなくなったりは」

ひとり呟いたその時、オーディションが終わったのか控室のドアが開いて応募者たちがぞろぞろと入ってきた。その中に夢野さんの姿を見つけ、駆け寄る。


「夢野さん……! どうでした、オーディション」

「いやァ……ちょっと……あっ、乱歩くん見ませんでしたか? 僕の前だったから、プロデューサーさん見かけたかと思ったんですが」

「ああ、彼ですか、さっき声かけたんですけど……しばらく戻らないとかなんとか言って」

「えっ」


夢野さんの顔色が変わる。

「そ、それはいつですか、彼が出ていったの」

「つい、さっきですけど……」

「ハァ、困った……どうしましょう、また乱歩くん探さなきゃならない……」

「一時的なものじゃないんですか?」

「あの子放っておいたら3ヶ月は帰ってきませんよ……」


それから僕達は乱歩くんを探して夕方まで心当たりのある場所を探し回った。社長に連絡したら「またか」と言いつつもとても心配していた。


最後に僕と夢野さんが初めて会った公園に向かう途中も、彼は今にも泣きそうな顔で心配だ、と繰り返していた。

「夢野さん、公園にいなかったら、あなたは先に帰っててください。明日もレッスンはあるんですから、体を休めないと」

「でも……僕は乱歩くんと一緒にオーディションの結果を聞きたいんです。谷崎くんも忙しいのに来てくれるって約束してくれたし……」


「乱歩くんは、僕を一番応援してくれてたんです。だから僕は彼を探さなきゃならない」

「夢野さん……」

その言葉は、かたい決心の表れに思えた。夢野さんにとって乱歩くんの存在が大きかったのだということに安心し、同時に少し寂しくもあった。


(僕も、夢野さんをそのくらい支えられるプロデューサーにならないと)


公園に着くと、そこでは涙にくれる青年とそれを慰めている少年が、ベンチに並んで腰掛けていた。

沈みかけた夕日に照らされたその顔は、確かに乱歩くんだった。


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