3話 「そうだな⋯⋯うん、では、こうしよう」

 僕が生徒会室で目を覚ましてから、もう30分以上こうしてただユウミ先輩と舌を絡み合わせていた。何も考えられなくて、全てがどうでもよくなっていた。

 この学校の男子で、ユウミ先輩に憧れない奴はいない。僕だって、ミヤコと付き合う前は、ユウミ先輩に憧れていた時期があった。正直言うと、体育祭の実行委員だって、ユウミ先輩に少しでも近づきたかったからだ。でも、結局僕なんかと釣り合うわけがないと思って、諦めた。


(そんなユウミ先輩と、今キスしているのか⋯⋯)


 てっきり、ファーストキスはミヤコとするものだと思っていた。

 最初は恥ずかしがりながらデートを重ねて、出来れば明日の映画デートの帰りにキスできたらいいな⋯⋯なんて、そんな事を考えていたのに。

 もう、僕にはそんな綺麗な未来が来ないのだと、このひと時で理解してしまった。だって、僕は⋯⋯初めてのキスなのに、こんなに欲情させられてしまっているのだから。

 ドキドキしたり、相手を好きだと思ったり、もっと暖かかくて幸せなファーストキスを想像していたのに、僕のファーストキスはこんなにも欲情に溢れていて、そして、こんなにも渇望的でどうしようもないものだと知ってしまった今、そんな清らかなキスなんて、どうやってすればいいのか、もうわからない。

 ミヤコと築くはずだった暖かかくて幸せな未来が、どんどん崩れ去っていくのを感じた。

 でも、もう今の僕は、快楽と欲情に覆いつくされてしまって、ミヤコの顔すら思い出せなくて、目の前のユウミ先輩の事ばかり考えていた。

 ただ跨っているだけのユウミ先輩に、僕の身体が勝手に動いて、快楽を得ようとしていた。


「ふふっ、どうした? 私に擦りつけているのだ、アヤトくん?」

「ユウミ先輩、僕、もう⋯⋯」

「そんな懇願するような目をして⋯⋯一体私に何を求めているのだろうな? どうしてほしい?」


 ユウミ先輩の右手が、股下にある僕の身体の一部──僕を雄たらしめる象徴まで伸びてきて、そっと人差し指の指先で摩った。

 それだけで僕は嬉しくて、もっとしてほしくて、ただただ先輩を渇望してしまう。

 先輩は、まるで小動物を嗜虐するかのように恍惚な笑みを浮かべながら、優しく優しくそれを撫でて、もう一度唇を重ねて舌を絡ませてくる。

 この先がある。きっと、ある。僕は、もっと快楽が得られる⋯⋯そう思った矢先、ユウミ先輩は、すっと立ち上がって僕から離れた。


「えっ?」


 先輩はにやりと笑ってから屈んで、僕の両足にまかれた鎖を解いた。そして、ポケットから鉄の小さな鍵を取り出し、僕を後ろ手に拘束していた手錠も解錠する。

 理解できずに、ぽかんと先輩を見た。


「⋯⋯随分残念そうだな?」

「先輩、どうして」

「そうだな⋯⋯うん、では、こうしよう」

「先輩?」

「もしこの続きをご所望なら、明日の放課後、またここに来るといい。私はここで、君を待っているよ」


 先輩は「来たくなければ来なくていいから」とだけ付け足して、僕を生徒会室から追い出した。

 廊下を歩いている間に、ふと冷静になって、スマホを見てみると、一通のメッセージが着ていた。

 差出人は、恋人のミヤコだった。


『遅いから先に帰るよー! 明日の映画はアヤトの奢りで決定なんだからね!』


 あっかんべー、をしたペンギンのスタンプも添えられていた。

 僕は何も返さず、ただスマホを閉じた。

 ミヤコに内緒であんな事をしていた僕が、ミヤコの事すら忘れて先輩の舌を求めていた僕が、一体彼女に何を返せるっていうんだ⋯⋯。


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