2話 「だから私は、君を許してあげない」
意識がぼんやりしていた。
うっすらと視界が開いてきて、周囲が見えてくる。
そこは夕日が差し込む生徒会室だった。僕は椅子に座らされていた。
(あれ、どうして僕はこんなところに⋯⋯?)
金曜日の放課後、生徒会長のユウミ先輩にいきなり呼び出されて、生徒会室で出された紅茶を飲んでからの意識がない。
立ち上がろうとした時に、違和感を感じた。立ち上がろうとしても、ガシャンという鎖の擦れると共に、椅子に引っ張り戻されたのだ。
(え⋯⋯は!?)
僕の両手は椅子の後ろで組まされ、手錠のようなもので括りつけられていた。両の足は椅子の足とともに鎖でぐるぐる巻きにされていたのだ。
「やあ、アヤトくん。目が覚めたかい? 気分は悪くないか?」
ふと後ろから声がして、振り返ると、そこには全校生徒憧れであるユウミ先輩がいた。長い黒髪にキリッとしたキツめの目つきで整った顔立ち。
「ゆ、ユウミ先輩!? これは、どういう事ですか?」
ガシャンガシャンと手足を動かすが、身体が固定されているように、動けない。
「よかった⋯⋯アヤトくんが元気そうで、何よりだよ」
ユウミ先輩は手に持っていたペットボトルのミルクティーをテーブルの上に置いてから、僕の前に回り込んで、少し屈んで僕の顔を覗き込んでくる。
深淵のように黒く、でも綺麗な紫色も混じった瞳に、ひどく焦った僕が映っていた。ユウミ先輩の綺麗な顔が、目と鼻の先まで近付いているのだ。彼女の吐息が僕の頬と鼻にかかって、ぞくりとする。その吐息からは、ミルクティーの香りが少し漂っていた。
「そうじゃなくて⋯⋯ていうか、今何時ですか!? 僕はミヤコと待ち合わせをしていてっ」
そう、僕には幼馴染で先週から付き合い始めた恋人・ミヤコがいる。長い月日を経て、ようやくお互い自分の気持ちに正直になれた、大切な恋人だ。彼女とは、放課後に一緒に帰る約束をしていたのだ。
「そう⋯⋯それだよ、アヤトくん」
ユウミ先輩の表情が、拗ねたような、納得ができないような、そんな表情になる。
「どうして君は⋯⋯私を差し置いて、ミヤコくんと付き合ってるんだ⋯⋯?」
「え?」
「私は、こんなに君が好きなのに⋯⋯どうして?」
ユウミ先輩の指が、そっと僕の頬を撫でる。親指で、まるで愛しい猫を撫でるように、僕の頬をそっと、本当にそっと撫ででくる。先輩の指があまりに気持ち良すぎて、うっとりとしてしまう。
「ま、待ってください、だって先輩とは体育祭の実行委員会で少し一緒になっただけでっ」
「その前からも、私はずっと君を見ていたさ。ずっと、君の事が気になっていたんだから。だから⋯⋯」
先輩が僕の太ももに上に跨って、馬乗りになるように座った。先輩の両手が僕の顔を包み込んで、顔を上へと持ち上げられる。少し上から僕を見下ろす先輩がそこにいた。そこには、いつもの凛々しい先輩とは別人で、少し息を荒げた、恍惚に満ちた表情のユウミ先輩がいた。色っぽくて、官能的で、心拍数が一気に上がった。制服のズボンを通じて感じる先輩の太ももが暖かくて、触れたくて堪らなかった。
「だから私は、君を許してあげない」
先輩の顔が近づいてきて、先輩の唇と、僕のそれが重なった。
そしてこれが──僕のファーストキスだった。
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