第5話 パート発表
その夜、夏樹はやけに疲れていた。簡単に夕食を済ませて布団に倒れ込み、そのままぐっすりと眠り込んだ。
翌朝、午前六時。少し寝すぎて痛む頭を抱えて、枕もとのスマホを見ると、LINE通話の不在着信が三件も入っていた。
「げっ。」
慌ててスマホのロックを解除してLINEアプリを見ると、着信は応援指導部の原島からのものだった。
「楽器に触れる会」の解散時に、楽器決めのことで電話をする可能性があるので、入部希望と書いた新入生はそのつもりでいるように原島から指示を受けていたのだった。
あらためてアプリ画面を見ると、不在着信のあとに未読メッセージが一件あった。
『こんばんは。応援指導部吹奏楽団の原島です。何度も電話してしまって申し訳ないです。大橋くん、楽器の希望をアルトサックスで出してくれているけれど、テナーサックスでもいいかな?その確認でした。』
メッセージの受信時刻は二十三時二十分。そんな時刻まで原島は夏樹に電話をかけ続けていたのだ。夏樹はそれを知って焦り、早朝であることも忘れてアプリの通話ボタンを押した。
数回のコールののち、電話がつながる気配がした。
『ああ…、もしもし?』
電話の向こうから、まだ半分眠っているような、原島のかすれた声が聞こえてきた。
「あ、あの、大橋です。昨日は電話に出られなくてすみませんでした!あの、テナーサックスでいいです。宜しくお願いします。」
『うん?ああ、そう。わかった。わざわざありがとねー。あとでまたLINEするー。』
原島はそう言って、ぶつりと通話を切った。
これから部活の先輩になる人に朝の六時から電話をかけることの非常識さに夏樹は今更気づいたが、まあいいかと気にしなかった。
新入生の担当楽器を決める会議で夏樹の所属をめぐって、バンド女子のツインタワーと呼ばれるトロンボーンの浜名とテナーサックスの坂井の間でほとんどつかみ合いのような争いが繰り広げられ、間に挟まれた原島が、夏樹の意思を確かめるため必死に電話をかけ続けていたことなど、当の本人は知る由もなかった。
応援指導部への入部希望者が次に集まったのは、翌週の火曜日、また大ホールでの合奏練習のある日だった。
新入生は今日もホール入口入ってすぐのところに置かれたパイプ椅子に腰かけている。先週は二十人近くの新入生が座っていたが、今日は人数が減り、座っているのは十一人だった。
夏樹は園崎ハルカの姿を見つけ、その隣に座った。ハルカは、こんにちは、と小声で言って、手元のスマホを眺めていた。
「一年生の皆さん、本日も来てくれてありがとう。」
声がしたので目線を上げると、バインダーを持った今梨が新入生の前に立っていた。
「ここに来てくれている皆さんは、入部を希望してくれていると聞いています。さっそくですが、皆さんの所属パートが決まりましたので、発表したいと思います!」
今梨が言うと、後方の部員たちからパチパチと拍手が起こる。今梨は持っていたバインダーを開いた。
「じゃあ、五十音順で発表しますね。名前を呼ばれたらその場に立ってください。まずは、池辺さん、パーカッションパートです。」
ハルカの二つ隣に座っていた眼鏡をかけた女子学生が、立ち上がって一礼した。それと同時にパーカッションパートのほうから拍手が起こる。
「次に、大口さん、クラリネットパート。」
端の方に座っていた、髪を肩まで伸ばした線の細い男子学生が立ち上がり、クラリネットパートから拍手が起こる。
「えーと、大橋さん、テナーサックス。」
自分の名前が呼ばれ、夏樹は立ち上がってお辞儀をした。サックスパートのほうを見ると、水上や坂井がニコニコと笑って拍手をしている。
「掛野さん、トランペットパート。」
夏樹の後ろに座っていた、坊主頭の、見た目が不良を思わせるような男子学生が立ち上がった。
「剣崎さん、フルートパート。」
なにに驚いたのか、えっ、と声を発して、夏樹の左隣に座っていた小柄な女子学生が立ち上がって、一礼した。
「五嶋さん、ホルンパート。」
楽器に触れる会で見かけた、色の白い女子学生が立ち上がり、恥ずかしそうに一礼する。ごとう、という名前が呼ばれた瞬間、なぜか今梨の後ろの部員たち全体が少しざわめいた。
「園崎さん、ユーフォニアム。」
パート名を聞いた瞬間、夏樹の隣でハルカが小さくガッツポーズをして立ち上がった。ユーフォニアムとチューバのほうから拍手が起こる。
「中野さん、チューバ。」
どことなく世間知らずそうな、幼い顔立ちの眼鏡をかけた背の高い男子学生が立ち上がった。ふたたび、ユーフォニアムとチューバの部員が拍手をする。
「あ、ユーフォとチューバはバスパートってことで、園崎さんと中野さんは同じパートの扱いになるから。」
今梨が補足説明を入れて、夏樹の隣で不思議そうな顔をしていたハルカはなるほど、とうなずいた。
「次、永村さん、アルトサックス。」
クラリネットと発表された大口の隣に座る、小太りの男子学生が立ち上がった。大ホールに入った時からずっと隣の大口と話していたので、二人はもとから知り合いなのかもしれない。
夏樹は同じサックスパートということになる永村のほうをちらりと見た。すると、永村も同じく夏樹のほうを見たので目が合った。その瞬間、なぜかはわからないが、夏樹はなんだかざわざわとした不快な感情が湧いてくるような気がした。
「堀川さん、トロンボーンパート。」
剣崎の隣に座っていた、浜名や坂井ほどではないがそこそこ背の高いポニーテールの女子学生が立ち上がって一礼した。自身もトロンボーンパートだからか、今梨が拍手をし、後ろの方では浜名が堀川と呼ばれた女子学生に手を振っていた。
「最後に、山本さん。パーカッションパート。」
剣崎の後ろに座っていた、日に焼けて体格の良い男子学生が立ち上がった。パーカッションパートのほうからひときわ大きな拍手が贈られた。
「以上、本年の新入生は十一名です。みんな、大切な同期なので、早く顔と名前を覚えるように。」
今梨はそう言って、バインダーを閉じ、くるりと後ろを向いた。
「じゃあ、松木、秦、あとはよろしく。」
今梨がそう言うと、はい、と返事をして、トロンボーンパートから日に焼けたのか色黒で目がいやに目立つ女子学生が一人、パーカッションパートからにこやかで優しそうな男子学生が一人席を立って新入生のいるところまでやってきた。
「こんにちは。トロンボーンパートで、日吉責任者の秦です。」
色黒の女子学生が述べた。
「パーカッションで、同じく日吉責任者の松木です。」
男子学生も自己紹介をした。何が入っているのか、手にはずしりと重そうな紙袋を提げている。
「では、一年生のみんなにはこれから別の場所で、活動のことについて詳しく説明をするので、自分の荷物を持って私についてきてください。」
秦の言葉に、新入生はいそいそと準備をして、大ホールを出て、秦のうしろについていった。
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