溜息 後編
業務を終えた旨を、先程の受付に告げ、その他の細々した書類に捺印をし、幾つかの事務的な処理と、捜査協力への感謝を伝えると、結局、長谷川 葉子がもう一度いなくなってしまってから一時間半程度の時間が経ってしまっていた。
日が暮れてしまい、昼間ほどの喧騒が鳴りを潜めた【墓所】を出ると、呼んでいなかったタクシーが、丁度、目の前に止まり、見知った顔が後部座席から手招きをした。
「高槻さん……」
「遅かったな」
仏頂面で乗り込むと、行き先は高槻さんが伝えていたのか、すぐにドアが閉まり、車は静かに走り出した。
タクシーの中は、時間帯のせいかもしれないが、ラジオはついておらず、電動モーターの音だけが低く響いている。
高槻さんも運転手も、特になにも話さなかった。
長谷川 葉子の過ごした最後の時間の顛末を報告すべきだと思うものの、上手く説明が出来なかった。
思考がまとまらない。
無難なところでは、あの部屋で彼女と話をしていて、一応、満足そうにいなくなった、と、まとめることも出来るのかもしれないが――。
そう言ってしまって良いのか、少し、迷いがある。
「……のめり込み過ぎるなよ。生真面目なヤツは、そこが怖いんだ」
不真面目な上司の至極もっともな忠告に、俺は素直に頷いて返事をした。
「署には戻れていませんが、もう上がりの時間です。不真面目な俺になるため、今日は帰って良いですよね?」
最初だけ、ほう、と、少し感心したような顔をした高槻さんは、でも、やっぱり、悪ぶったニヤケ顔をして、同性とはいえセクハラになりそうなレベルで肩を掴んでくっついてきて「いや、こういう時は、若者の気晴らしを手伝うのが良い上司だ」と、わざとらしく偉ぶった口ぶりで、普段とそう大差ない台詞をはいている。
「飲むだけでしょう?」
呆れた顔で問い直してみても、その態度は変わらず。
「それがいいんだ。お前もいずれ分かる」
傲然と言い放つ高槻さん。
今日の止めの溜息をついた俺は、その傍若無人な横顔に向かって、皮肉たっぷりに言ってやった。
「美人があの世からお迎えに来るより早く、そんな日が訪れれば良いですけどね」
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