第二幕

二、深川洲崎、春宵楼の場


安達 「柳さん、すまないねえ。あっしのために、いつもいつも。この金子だって、いろいろと苦労をかけてしまっているんだろう?すまないねえ」

柳兵衛 「ええい、気にするねえ。俺が好きでやってんだけだ。返すところに返して、もし余ったら、田舎の父母にでも送ってやれ」

安達 「ほんとうに、この恩はいつか必ず返すから。いつかはきっとお前さんの女房になって、お前さんを一生盛り立ててゆくよお。今は口だけだけど、許しておくれよお」

柳兵衛 「へっ、そんなこたあ見越しちゃいねえよ。見てるのは、今日明日の目の前のことだけだ。よせや、照れる。続きは川舟のなか、水いらずになってから話そうじゃねえか。先に降りてるぜ」

安達 「うん、髪と着物を直してからゆくよ。待っていておくれ」


【柳兵衛、女郎屋の一室を出てゆく。安達、柳兵衛が見えなくなってから、ふすまの奥に合図を送る。この合図に応じて、他の部屋から安達の情夫が入ってくる】


情夫 「まったく、てめえの芝居は猿若町でも逸品だろうなあ。あの男の深刻な顔、見てみろよ。すっかりてめえに岡惚れで、何なら身代身ぐるみ何もかも金に換えてでも、って顔に書いてあらあな」

安達 「ふふん、どうだろうねえ。今のところ、どうにかこうにか繕ってるけどね。ちょっと語り草を細かく複雑にしちまってさ。自分でも時々危なっかしくなるよ」

情夫 「金貸しに、取り立ての悪漢、ひいてはとっくに死んでる父母まで墓から引っ張り出してきてんだから世話ねえやな」

安達 「うるさいね。それもこれも、全部お前さんのためじゃないか」

情夫 「はて、どうだかな。俺もまた柳さんの二、かもしれねえ」

安達 「ふざけてんじゃないよ。お前さんとあたしあ、もう貧乏暮らしにゃ戻れないだろう?いまをそのまま続けるためには、この金はずっとないといけないだろう?」

情夫 「そうだな。それで潮時をうまく見定めてどろん、どこかの岡場所でまた振出しからだ」

安達 「どこだって、やるこた同じだよ」

情夫 「そういうこった」

安達 「今度は甲州街道沿いのどっかの宿ででもやりゃあいいんだよ」

情夫 「もう少しで、てめえと俺とで暮らせるようになるだろうよ。それまでの辛抱、この通りだ、頼むぜ」

安達 「そろそろ行くよ。あいつからはもう少し取れそうさ。今日は舟で、これからとどめを入れてくる」

情夫 「おう、頼んだぜ。じゃあな」

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