【落語台本】蛇柳(じゃやなぎ)
紀瀬川 沙
第一幕
一、町火消し会合の場
仲間 「やい、柳兵衛、ここんところ、どうやら様子がちと変わってるようだが、何かあったのかい?」
柳兵衛 「ん、俺のことかい?マァなんでえ、心配してもらうほどのことでもねえんだが」
仲間 「そうは言っても、こちから見りゃあ際だって見えるぜ。なんつうか、こう、今日の火消しの寄合でも心ここにあらずっつったような」
柳兵衛 「そうか、そう見えちまっているならまずぃやい。いや、なんでえ、今日の話はもちろん全部わかっちゃいてな、取り決めごとやら相談ごとも全部得心して終わったつもりだ。だがな、そのあいだじゅう何だか、そわそわ陰々鬱々してたのはマァ仕方がねえや。勘弁してくれや」
仲間 「仕方がねえってえと、聞くのも野暮だが許しておくんねえ、どうしたい、何かのっぴきならねえことでも出来してきたかい?俺らでよけりゃあ、事情を聞かせてくんねえか」
柳兵衛 「ありがとうよ。同じ町内の火消し同士、もつべきものは仲間っつうこたあな。じゃあ、マァ赤っ恥になるかもしれねえが、寛恕して聞いてくれや」
仲間 「おうよ」
柳兵衛 「ほかでもねえ、話は、この火消し連中でしょっちゅう繰り出す、辰巳の女郎屋、そこの安達って女郎とのことなんだ」
仲間 「洲崎の春宵楼か。たしかに、あそこは俺らのなじみにしてる女郎屋だ。安達ねえ、俺は見たことはねえが、色の濃やかないい女と聞いたことはあるぜ。年の初めに繰り出したときも、てめえのあいかたになったっけ?」
柳兵衛 「ああ、こんな世界に誠があるかは知らねえが、前々から好いた惚れたのと、互いにぴーぴー鳴いてたんだ」
仲間 「そうだったのか。そこまでなら、別にゆくゆくは身請けできるかできねえか、てめえの甲斐性次第なんじゃねえのかい?」
柳兵衛 「そのままいきゃあな。だが、そこから少しこじれちまって、今じゃこのザマだ」
仲間 「どうしたい、いったい?」
柳兵衛 「あるとき、俺と安達の身の行く末を話したさ。もちろん、俺の魂胆としてはお前の言った通りの筋書きが頭んなかにあったんだ。だがよ、一通り俺の話をだまってしんみりと聞いてた安達は、急に目にしとしと雨を降らしてよ。大事を告白しやがったんだ」
仲間 「大変な事情がありそうだな、おい。すんなりとは問屋がおろさねえか」
柳兵衛 「女郎はそりゃあ、皆色々な深い事情をもってるのは当たりめえだ。それを逐一話すのは野暮天だ、察しておくれあな。マァ、早い話が、安達の抱える借金のことよ。悪い高利貸しやら、その傀儡の悪奴やら、さらには安達の田舎の老いた父母も巻き込んで、全部があいつ安達のか細い体にのしかかってきてんだそうだ」
仲間 「いまの辰巳芸者のなかでも良い女と言われる女郎に、そんなことがあんのか。おう、柳兵衛、お前はそれにどうしようかと考えて考えて、答えられずに今日のこの様子になったってことかい?」
柳兵衛 「マァそんなこった。俺ができることはこれまでもほんの雀の涙かもしれねえが、やってきたんだがな」
仲間 「ほう、お前のほうだって決して余裕があるわけじゃあるめえ」
柳兵衛 「そうだな、馬鹿な男の意地だと思って笑い飛ばしてくれりゃあ」
仲間 「いや、見上げたもんだ。俺らもお前に何か助力できねえか、火消し連中で話してみることとするぜ」
柳兵衛 「ありがてえが、最後は俺と女郎の問題だ。助けはありがたく頂きてえが、かえって迷惑をかけちゃならねえ。実は今日、これから春宵楼へ行き、安達と話すんだ。身の振り方も、決心しなくちゃなるめえ」
仲間 「そうか、わかった。助けが必要なら、いつでも言えよ。決して水くせえ真似はすんなよ」
柳兵衛 「めんぼくねえ」
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