第九十夜 期待しちゃう
「暑いね~」
「いい天気なんだけどね~」
「あつ......」
空に雲ひとつ見えない真っ青の中、ハクヤ達は街道を馬車で走らせていく。
だんだんと陽が出ている時間が長くなってきたのか、乙女三人組は馬車の中で日陰にいるにもかかわらずだらけている。
基本黒装備でその暑い日差しが差し込んでくる運転席にいるハクヤ以上に溶けたスライムのようになってしまっている。
そんな三人ををチラッと見ては思わず苦笑いを浮かべるハクヤ。どうにも保護者目線が抜けないのはこういうことも少しは含まれているのかもしれない。
何か三人の気分が変わるようなものがないか目を配っていると遠くから目的地である聖王国ルナリアが見えてきた。
ハクヤが三人に声をかけるとエレンとルーナが率先して動いてきて馬車の隙間から正面に見えてきた白い国を眺めた。
「聖王国ルナリア。勇者と聖女の誕生の地であり、女神ステラを創造主とするこの世界屈指の宗教国家。女神ステラの降臨する地とされているから、勇者と女神はこの国に集められていくらしい。
加えて、善神のステラは純潔の女神とされているため、この国の建物は基本白色で統一されてるのも特徴。だから、別名『白い王国』とも呼ばれている」
「情報屋の解説ありがとう。まあ、ここに来たのはエルフの森から近かったのもあるが、エレンにエレン自身のことをより知ってもらおうと思ってな」
「私が私自身を......?」
「要するにここはエレンちゃんと縁のある国ってことになること」
「でも、私過去に一度も外出したことないよ?」
「ハクヤさん、どんだけ過保護だったのよ」
「今も重度な親バカよ」
「おい、そこの二人、俺への誹謗中傷はやめろ。ともあれ、それはこの国に行けばいずれ知っていくことだから。あと少しで着くぞ」
そして、馬車を走らせてから十数分、聖王国の入り口までやって来て門番に身分証明を済ませた後ハクヤ達は中に入った。
そして、その通りに歩く多種族の人達が賑わい、活気よく商売している姿をエレンとルーナはまさにおのぼりさんのように瞳を輝かせていく。
「ねぇ、エルフやドワーフ、リザードマンの種族もいるよ! もちろん、獣人族もだけど」
「少人数ではあるけど、一人二人
「昔はそうだったみたいだな。けど、俺達が生まれるよりも前の偉人が『今こそ魔族に対して一致団結だ』みたいなことで亜人差別を撤廃したらしいよ」
「まあ、今でこそ往来してるけど、撤廃してから数年までは不穏な空気が絶えなかったって話だし。思い切ったことをしたわよね。おかげで動きやすいけど」
ミュエルは人が多いところが嫌いなのか至る所から聞こえてくる
ハクヤが「先に宿を取ろう」と告げるので、馬車が止められる宿を探して適当な宿で部屋を取ってくる。
そして、必要な荷物だけ持って宿を出たならば、これからやることは一つしかない――――観光だ。
ハクヤ達は宿から細い通りを歩いていくとその通りも人が多いという印象を受けるのに、馬車で移動した大通りに改めて来てみるとやはり人の数は倍以上であった。
夏祭りのような大人数で人が往来していくその光景はまるで大きな川とそう変わりない。
馬車から眺める道と実際の立った目線では圧の感じ方が違うのか、人の多さだけでエレンとルーナはやや興奮気味だ。
「あんまり走るなよー。ぶつかるからー。それから、こんな状況だからこそ悪い奴もいるんだ。気をつけろよー」
「もう、子供扱いはやめてよね!」
「ね!」
「ルーナは可愛くないわよー」
「最近、ミュエルんの当たりが強いよ!?」
それはもはや自業自得なことに本人は気付いていない。というより、そういうことを言う割には全然気にしていない。
だからこそ、ミュエルも手を焼いてるのだが、それもまた仲良くなったが故の遠慮のなさなのか。だとすれば、ルーナは心を開いてくれているということなのでそれはそれで悪い気はしないが。
「あっという間に人の波に飲まれちゃったけどいいの? 保護者さん」
「それはお前もだけどな。まあ、心配ではあるが、俺もそろそろ本格的に子離れを始めないといけないと思って」
「それって......」
ミュエルはその言葉に思わず聞き返そうとするが言葉に詰まる。
ハクヤがエレンにエレン自身も知らない秘密を教えるためにここにやって来たことは知っている。だが、ハクヤのやることは昔から変わっていない。
エレンの幸せが約束されたその時まであらゆる外敵を排除すること。
ただエレンが幸せな道を進むのを眺めるために、陰ながらそばにいて自身の存在が必要なくなった時に初めて離れると思っていた。
しかし、今のハクヤの言葉だともうエレンとのある程度の距離を置き始めるという意味合いになる。まだハクヤのやるべきことは残っているというのに。
とはいえ、その言葉が出たということはハクヤにも何か考えがあるからにすぎない。よく昔人のことを何考えてるかわからない顔と言ってくれたが、ハクヤの方こそわからないことが多い。
「なに、単純な心構えってやつだ。エレンが自分の秘密を聞いた時にどう選択するかはエレンが決めることだ。それがたとえこの国に残ることになったとしても」
「......はあ、なるほどね。私はてっきりエレンちゃんの気持ちに答えるために『父』と『娘』という関係性を解消したいと思ってたわ」
「まあ、それもあながち間違ってないかもな」
その言葉にミュエルは思わず目を見開く。そして、そっとハクヤから顔を逸らす。
まただ。またこの思わせぶりだ。きっとまた変な勘違いなんだろうけど、ハクヤとエレンの関係性が解消えるなら、自分もまた解消されるのではないかと淡い期待を抱いてしまうではないか。
この男はそうやって思わせぶりな発言で遠くへ逃がそうとしない......いや、逃がそうとしないのは自分の方か。
あくまでハクヤに縛られてるように見せつけて、自分で自分を縛り付けている。そのくせ自分から解く勇気もないくせに期待ばっかしてる。
でも、でももし、その期待があるのなら.......やっぱりしてしまうのが自分なのだろう。最近は酷く心の内で封印していた気持ちが暴れる。いつポロっと漏らしてもおかしくないかもしれない。
だったら、早めに自分で決着をつけるべきなのであろう。いつまでもうだうだ考えているよりはそっちの方がよほど自分らしい。それにきっと言っても今が崩れることはあまりない。
そう思ってミュエルは息を吸うがその後に言葉が出てこない。ハクヤを呼び掛ける声すらも何も。
人が往来する中でロマンチックもあったものじゃないけど、暴れる気持ちが鬱陶しくていざ言おうとしてみればこのザマだ。
言う勇気があればきっとエレンちゃんと冒険に行く前に言えただろう。それこをハクヤがエレンちゃんを育てている時に。
結局意気地なしの自分には墓までこの気持ちを持っていった方がふさわしいと思ったのに......ルーナのせいで。
こうでも言ってなければ少しは気分が収まらない。それにルーナのせいであるのは割と本気なので言ってもバチが当たらないはず。
「せいぜいあんたも選択肢を間違えないことね」
「......?」
ハクヤは言ってる意味がわかっていない様子であった。それもそうだ、ミュエルのいった「あんた」は自分自身のことなのだから。
言うにしても言わないにしてもそれを決めるのは当然自分自身。その選択肢でハクヤが自分をどう見る目が変わるかわからない。あまり変わらないと思ってる。
でも、もし変わってしまったら、それで後悔するような気持になるぐらいだったら言わないのもまたありなのではということだ。
もっともその気持ちはまだ何もハッキリしておらず、随分とフワフワしたような気持なのだが、あるのは確かだから。
「おーい! 二人ともー!」
「買ってきたよ!」
それからしばらくして、エレンとルーナの声が聞こえてくる。人の往来でいろいろな雑音が混ざってる中でも案外聞き慣れた声というのはすぐに反応するものらしい。
そして、ハクヤとミュエルがその二人を見ると思わず微笑む。なぜなら、その二人は一体どれだけ買ったのだろうというぐらい紙袋を両手に抱えて速足で戻ってきたのだから。
抱えてる二人の姿は随分と嬉しそうだ。まるで初めて狩りをした猫が自慢しに来るように。
「また随分と買ったな」
「夕食食べられなくなるわよ?」
「大丈夫大ジョーブ。これあたし達の分だけじゃないし」
「はい、二人の分もあるから好きなものからどーぞ」
どうやら二人が大荷物で帰ってきたのはハクヤとミュエルのために買ってきたものもあるらしいのだ。
もっとも、それは他の出店を回ってきた口実なのかもしれないが、二人が嬉しそうであるならばそれでいいのかもしれない。
「はい、ハクヤ。あ~ん」
「そ、それをこんな往来の中でか!? さすがに一目は避けようね」
「なら、二人っきりなら良いんだね! 今、言質取ったから! はい、もう今更取り消せませんー!」
「エレンちゃんはまた随分と必死ね......」
「まあ、エレンちゃんもそこそこ独占欲が強いというか、ハクヤさんに躱されまくってるからどうにかこうにかイチャイチャしたいんだろうね。あ、ミュエルんもあ~ん」
「私にもくれるの?」
ルーナもエレンに便乗してからかうように肉巻き野菜をミュエルの口もとに差し出していく。その行動にからかわれてると思う前にミュエルは思わず聞き返す。
すると、ルーナはキョトンとした様子で告げた。
「そんなの当たり前じゃん。それにさっきも言ったでしょ?『あたし達の分だけじゃない』って」
「......言い訳にしてごめん」
「ふぇ?」
ミュエルは思わずルーナを言い訳材料にしていたことに謝った。もちろん、ミュエルの心の中のことなのでルーナははおろか隣にいたハクヤも知る由もない。
そして、ミュエルはルーナの差し出した肉巻き野菜をパクリ。大きく口にほおばりながら微笑むように「美味しい」と告げる。
そのミュエルの反応はルーナにとって新鮮なもので少しだけ「これはこれでアリ」と違う扉がガチャリと音を立てたような気がした。
「さ、さあ、もう一つも――――」
「なら、今度は私がやってあげる」
そして、今度はミュエルが差し出した肉巻き野菜をルーナがパクリ。うん、やはり音がした。
そんな二人の光景をエレンはなぜかドキドキした様子で、ハクヤはハッキリと「百合だ」と思った。
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